賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
漏水の対応~保険契約の確認を!
10連休も終わり、いよいよ「令和」の時代が始まりました。まだ慣れないので、つい「平成」と書いてしまいます。PCも、「れいわ」と入力しても、すんなり「令和」と変換してくれません。「令和」が当たり前になるまで、少し時間がかかるかもしれません。
さて、今回は、賃貸物件での漏水の対応です。
最近こんな相談がありました。
Aさんは、都内に古いテナントビルを持っているのですが、そのビルで漏水が起きました。ビルの2階から漏水が発生し、1階の飲食店の壁や什器が水浸しになってしまいました。
Aさんによると、水浸しになった1階の飲食店の壁の張替えや什器の交換に120万円ほどかかったそうですが、この120万円は、全て1階の飲食店の経営者であるBが契約していた保険契約により、保険会社が支払ったそうです。
Aさんとしては、これで一件落着と思っていたところ、Bが契約していた保険会社の弁護士から、Aさんに対して、120万円の支払いを請求する書面が届きました。
驚いたAさんは、私の事務所に来て、「この120万円は払わなければならないのでしょうか。」と質問したのです。
まず、私は、Aさんに、「漏水は、どこから、どんなふうに発生したのですか。」と聞きました。これに対して、Aさんは、「管理会社に任せているので、詳しいことは分からない。」と答えました。
次に、私は、「1階の修理は、誰がどこの業者に発注して、どんな工事を行ったのですか。」と聞きました。これに対しても、Aさんは、「管理会社に任せているので、詳しいことは分からない。」と答えました。
Aさんはかなりの高齢者で、自分ではビルの管理をせず、管理会社に丸投げしていたのです。
私は、これでは埒があかないと思い、Aさんから管理会社の電話番号を聞き、その場で管理会社に電話しました。
私が、管理会社の担当者に対して、Aさんにしたのと同じ質問をすると、漏水の状況については、「2階には美容院がありますが、大家さんが設置した給湯器の配管が老朽化していて、そこから漏水しました。」という説明でした。
そこで、私が、「その原因となった給湯器の配管や漏水している状態の写真はありますか。」と聞くと、驚いたことに、「写真を撮っていない。」という答えでした。
さらに、私が、「大家さんが設置した給湯器の配管から漏水したことは、誰が確認したのですか。」と聞くと、「漏水を止めた業者が言っていました。」ということでした。
このような漏水が発生した場合に、大家として最初にやらなければならないことは、当然漏水を止めることなのですが、その際に大切なことは、漏水の原因をしっかり特定し、その証拠を残しておくことです。
なぜかというと、賃貸物件の場合、漏水の原因となった設備が、大家の設備なのか、賃借人の設備なのか争いとなることがあるからです。
テナントビルの場合、賃借人が内装や設備の工事を行うことが多いので、ビルの中には大家の設置した設備と賃借人の設置した設備があります。
大家の設置した設備から漏水すれば、大家が漏水の責任を負うことになりますが、賃借人の設置した設備から漏水すれば、賃借人が漏水の責任を負うことになります。
そこで、誰が漏水の責任を負うか決めるために、漏水の原因をしっかり特定し、その証拠を残しておくことが必要なのです。
ただ、テナントビルの場合、配管等は床下であったり、賃借人の設備の裏側にあったりして、賃借人が営業を休んで床をはがしたり、設備を移動したりしないと、漏水箇所が確認できないことがあります。
こうなると、大家と賃借人は、お互いに相手の設備から漏水したと主張して対立することになります。
Aさんのケースでは、もともと2階の美容院の給湯設備はAさんの設置したものであり、また見やすい位置にあったので、漏水の責任をAさんが負うことは明らかでした。
次に、私は、管理会社の担当者に、「漏水による被害の状況については、写真を撮ってありますか。」と聞くと、これも、「写真はない。」ということでした。
さらに、「事前に工事の見積もりを見せてもらいましたか。」と聞くと、これも、「見ていません。」ということでした。
漏水が起きたときに、漏水の発生原因の次に問題となるのは、損害額、つまり、壁の張替え費用や水を被って使えなくなった什器の交換費用の金額が適正かという点です。
この点も、水漏れにより被害を受けた階下の賃借人が、水漏れとは関係ない修理や設備の交換の費用を請求したり、また、被害を受けた設備より高価な設備と交換しようとしたりすることもあるので、きちんとチェックする必要があります。
保険契約により保険金の支払いを受ける場合は、保険会社が査定しますので、水漏れとは関係ない修理や設備の交換の費用が含まれたり、また、被害を受けた設備より高価な設備と交換する費用が含まれたりすることは少ないでしょう。
結局、管理会社も何一つ資料を持っていないので、相手方である保険会社の弁護士に電話をして、請求の根拠となる資料を提供してもらいました。
具体的には、漏水の原因となった給湯器の配管の写真、漏水による被害を受けた壁や什器等の写真、工事内容の明細などの提供を受けました。
上記の資料を確認した結果、Aさんが漏水の責任を負うことがはっきりしました。
Bが契約している保険会社は、本来Aさんが支払うべき壁の修理費用や什器の交換費用を支払ったことから、支払った金額をAさんに請求してきたのです。
もう少し法律的に表現すると、Aの所有設備である2階の給湯器からの漏水によってBの店舗の壁紙や什器が水浸しになり、修理や交換をしなければならなくなったのですから、BはAに対して修理や交換に要する費用を支払うよう請求する権利があります。
Bの契約している保険会社が、保険契約に基づいてこの修理や交換に要した費用をBに支払ったときは、Bが持っていたAに対する権利は、保険会社に移ります。そこで、保険会社は、この権利を行使して、Aに請求してきたのです。
もっとも、Aさんは、自分も保険会社と契約していれば、自分の契約している保険会社から、Bの保険会社から請求された金額の支払いを受けることができます。
そこで、私は、Aさんに、「Aさんのテナントビルの火災保険は、どこの保険会社と契約していますか。」と聞きましたが、この火災保険についても、管理会社に任せてあるということなので、電話で管理会社の担当者に問い合わせをしました。
すると管理会社の担当者は、「Aさんが契約している火災保険は、漏水事故をカバーしていません。」というビックリするような答えを口にしました。
さらに、私が、「そもそも保険契約は誰が取り扱っているのか。」と聞いたところ、「うちの会社が、保険の代理店をしているので、うちの会社です。」と答えました。ここまでくると、開いた口が塞がりません。
Aさんのテナントビルが古いビルであることを考えると、管理会社には漏水や雨漏りは当然予想できたはずです。しかも、管理会社は、保険の代理店ですから、保険に関する知識もありました。それにもかかわらず、漏水事故をカバーする保険をAさんに勧めていなかったのです。
私は、Aさんに、保険会社からの請求を拒むことはできないが、金額については交渉してみますと答えた上で、管理会社の担当者に、直ちに漏水や雨漏りをカバーする保険契約の資料を送るように強く言いました。
これから梅雨や台風などの季節となり、雨漏りなどの事故も発生しやすくなりますので、管理会社に管理を丸投げしている大家さんは、一度、保険契約の内容を確認しておいた方が良いでしょう。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。