賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
投資物件の売主の仲介業者は賃貸借契約書の原本は確認しなくてもよい?不動産仲介業者の注意義務の範囲
11月に入り、再び新型コロナウイルス感染者が増加し始め、第3波かと言われています。このまま感染者の数が増え続けていくと、12月の仕事納めのころには、1日の感染者の数が、3,000人とか4,000人になっているかもしれません。
当事務所では、毎年仕事納めの日に忘年会をしていますが、感染者の拡大が止まらない場合は、忘年会どころではないかもしれません。
さて、2019年2月のコラムで、賃料を水増ししたレントロールを信じて、相場より高い値段で収益不動産を買わされた女性(A)のお話をしましたが、今回は、その後日談です。
どんなお話だったか、少し思い出してみましょう。
Aは、首都圏のある都市にあるアパート1棟を、売主であるB社から1億2,500万円で購入しました。
Aは、首都圏の都市部の物件購入については、表面利回り10%以上を基準としていましたが、B社から見せられたレントロールでは、表面利回りが10%をこえていましたので、このレントロールを信じて、このアパートを購入したのです。
ところが、レントロールに記載されていた賃料は、すべての部屋で、月額6万円を9万円という具合に、3万円水増しされていました。
B社は、売買契約の締結時も、決済時も、Aに賃料を書き換えた賃貸借契約書のコピーしか見せず、さらに、B社は、Aが購入した後は、アパートの管理会社となったため、賃貸借契約書の原本はB社が預かったままでした。
その上、B社は、入居者から受け取った本当の賃料に、足りない分の賃料を上乗せしてAに支払っていました。
このため、Aは、B社が資金繰りに詰まって本当のことを白状するまで、まったくB社の嘘に気づきませんでした。
私は、Aから依頼を受けて、B社に対して、訴訟を提起しました。
訴訟の中身は、本当の賃料を前提としてこのアパートの本当の市場価格を推定し、その金額と実際に払った1億2,500万円の差額を損害として、その損害の支払いをB社に求めるものです。
この訴訟では、B社だけでなく、B社側の不動産仲介業者であるC社も被告としました。
C社に対しては、C社が、B社と共謀したか、仮に共謀していないとしても、レントロールの賃料の記載が正しいものであることを賃貸借契約書の原本で確認すべき義務があったのに、この義務を怠ったことを理由として、B社と同額の損害賠償を請求しました。
訴訟の審理が始まると、B社は、早々にAの請求を認めましたが、事実上倒産状態なので、少額の賠償しか払うことができないと言い出しました。
これに対して、C社は、B社の行ったような犯罪的手口が用いられることまで仲介業者において予測できないので、賃貸借契約書の原本を確認する義務はないとして、Aの請求を棄却するように求めています。
この事件は、先日証人及び本人の尋問が終わり、後は判決を待つのみという状態ですが、果たして、裁判所は、どのような判断を下すでしょうか。
最高裁判所は、昭和36年5月26日の判決で、「不動産仲介業者は、直接の委託関係はなくても、これら業者の介入に信頼して取引をなすに至った第三者一般に対しても、信義誠実を旨とし、権利者の真偽につき格別に注意する等の業務上の一般的注意義務がある。」と判示しています。
この事件の原審である東京高等裁判所の判決でも、「およそ免許登録を受けて不動産の売買貸借等の仲介業を営む者は、これら取引に関し専門の知識経験を有する者として委託者は勿論一般第三者もこれを信頼し、これら業者の介入によって取引に過誤のないことを期待するものであるから、この社会的要請にも鑑み不動産仲介業者たる者は委託を受けた相手方に対して準委任関係を前提とする善良な管理者としての注意義務を負うことはもとより、直接にはかかる委託関係がなくても、これら業者の介入に信頼して取引をなすに至った第三者一般に対しても、信義誠実を旨とし目的不動産の瑕疵、権利者の真偽等につき格段の注意を払い、以て取引上の過誤による不測の損害を生ぜしめないよう配慮すべき業務上の一般的な注意義務があり、もしこの注意義務懈怠の結果これを信頼して取引をなし因って損害を蒙った者が生じたときは、一般不法行為の原則に則りその賠償の責を負うものと解するを相当とする。」と判示しています。
これ以外にも、不動産の売主が真の所有者であるかどうかを確認すべき義務があるとした裁判例や、不動産仲介業者には「目的不動産の瑕疵、権利者の真偽等につき格段の注意を払い、もって取引上の過誤による不測の損害を生ぜしめないよう配慮すべき一般的な注意義務を負っている」と判示した裁判例もあります。
上記の裁判例は、いずれも投資物件の売買における賃貸借契約書の原本の確認義務に関するものではなく、売主が真の所有者であるかどうか等の調査義務についてのものです。
しかし、真の所有者でない者が所有者であるかのように装って不動産取引を行おうとする犯罪的手口が用いられる場合に不動産仲介業者(宅地建物取引業者)にはそれを阻止する義務があるとしているのですから、「B社の行ったような犯罪的手口が用いられることまで仲介業者において予測できないので、賃貸借契約書の原本を確認する義務はない。」というC社の主張は、認められないのではないかと思っています。
もし、B社に賃貸借契約書の原本の確認義務があることを理由としてAの損害を賠償する責任があるとする判決が出た場合は、またご報告をしたいと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。