賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
原状回復費用請求~裁判所が認める原状回復費用は厳しい算定~
先日、ある経済雑誌で、このコラムで何度も警鐘を鳴らした「○○年一括借り上げ」方式のサブリースの問題点を特集した記事がありました。
その記事では、「○○年一括借り上げ」方式のサブリース経営の現実的な収支を明らかにしており、こうしたサブリースで売り上げを挙げている会社が、顧客を勧誘するときに作る収支表のトリックを説明していました。
一方、不動産投資で成功している勝ち組投資家を取り上げた記事もあり、成功している大家さんが、如何に細かく収支計算をしているか、また、如何に厳しく投資物件を選別しているかが書かれていました。
どちらの記事も、不動産投資をされている方、あるいは不動産投資をはじめようと考えられている方には、一読の価値のあるものだと思いました。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、今回は、原状回復のお話をしたいと思います。
最近、何件か続けて、大家さんから、退去した借主に原状回復請求をしたが払ってくれない、あるいは、裁判所が実際にかかった原状回復費用の一部しか認めてくれないという相談がありました。
どの相談にも、次のような共通点がありました。
①賃貸建物自体が古い。
②同じ借主が10年近く賃借した後退去した。
③退去時に建物を見たところ、あちこち壊れたり汚れたりしていて、ひどい状態だった。
④そこで、フルリフォームしたところ200万円近い費用がかかった。
⑤上記のフルリフォームの費用を退去した借主に請求したが払ってくれない、あるいは、裁判所が原状回復費用のほんの一部しか認めてくれない。
これらの相談で、大家さんは、上記の③と④を強調され、借主のせいで実際にお金を払ったのだから、当然借主への請求が認められるべきだと主張されます。
しかし、大家さんの原状回復請求について判断したある事件の判決文には、次のように書かれています。
「借主は、賃貸借契約の終了に伴い、賃貸借期間中における賃借建物の経年変化や通常の使用によって生じる損耗(通常損耗)については原状回復義務を負うものではなく、故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗(特別損耗)についてのみ、原状回復義務を負うものと解される。」
この裁判所の考え方によると、賃借建物の経年変化や通常の使用によって生じる損耗(通常損耗)、つまり普通に使っていて古くなったり、汚れたりした部分については、借主は原状回復責任を負いません。
先ほど説明しましたように、今回の相談事案は、いずれも①賃貸建物自体が古く、また、同じ借主が10年近く賃借していましたので、当然、普通に使っていて古くなったり、汚れたりした部分が沢山あったはずです。
その上、あちこち壊れたりシミがついたりしていたので、ひどい状態に見えたと思いますが、普通に使っていて古くなったり、汚れたりした部分については、借主に責任はないのです。
では、壊れたりシミがついたりしていた部分については、借主は当然原状回復責任を負うのでしょうか。
先ほどの判決文にあるとおり、借主が原状回復責任を負うのは、「故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗(特別損耗)」だけです。
これは、どういう意味かと言うと、借主のミスや普通ではしないような使い方により、建物が壊れたり、シミが着いたりした場合には、借主に責任があるという意味です。
ですから、借主に原状回復責任を負わせるには、単に壊れているとかシミがついているというだけでは足りず、借主のミスや普通ではしないような使い方をしたことが必要になります。
例えば、具体例を挙げると、裁判所は、次のような場合に、借主のミスや普通ではしないような使い方があったことを認めています。
(クロスの汚損について)
引っ搔いたり、強い力を加えたりするなどによって生じた場合
(壁クロスの下地ボードの穴)
借主の息子が室内でバットを振ったことにより破損した場合
(カーペットの汚れ)
カーペットに焦げ跡がある場合
(洗面所のホースの劣化)
分解して長期間放置したことにより劣化した場合
一方、裁判所は、たとえ窓ガラスに「ひび」が入っていても、「ガラスの割れ方は、1点に外力が加わったようなものではなく、また、借主が何らかの外力を加えたことをうかがわせる証拠もない」として、借主のミスや普通ではしないような使い方をしたことが原因とは認められないとすることもあります。
このように、裁判所は、借主のミスや普通ではしないような使い方をしたことについて、かなり厳密に判断しますので、壊れたりシミが着いたりしているから、当然借主に責任があるという論法は、簡単には認められないのです。
その上、裁判所が認める原状回復費用の金額は、原則として壊れたりシミが着いたりしている部分の修理費に限られます。
しかも、建物自体が古く、賃貸期間が長いとすると、修理した部分の価値もかなり減価していますので、その減価した価値をベースに借主が支払うべき原状回復費用の額が計算されます。
たとえば、カーペットを例にとって考えてみると、まず、普通に使っている間に擦り減ったり、黒ずんだりしたものは、通常損耗として原状回復義務の対象外です。
次に、借主がタバコを落としたり、コーヒーをこぼしたりした結果、焦げ跡やシミができた場合は、特別損耗として原状回復義務の対象となります。
ただ、例えば焦げ跡やシミができているのが、リビングのカーペットだけであれば、リビングのカーペット全体の張替え費用だけが原状回復義務の対象となります。
しかも、建物自体が古く、賃貸期間が長いとすると、カーペット自体は、既に老朽化して減価していますので、減価分を差し引かなければなりません。つまり、新品のカーペットに焦げ跡やシミをつけたのではなく、古くなって価値が大きく減ったカーペットに焦げ跡やシミをつけたのですから、その大きく減った価値をベースに借主の負担する原状回復費用を計算しなければならないのです。
こうして計算していくと、仮に建物全体のカーペットの張替え費用が50万円であったとしても、借主が負担することになる原状回復費用は、数万円となってしまうのです。
このように、裁判所の原状回復費用の算定は大変厳しいものなので、大家さんが実際に支払った費用の1割とか2割しか認められないのが現状です。
ですから、フルリフォームするときは、借主から全部返してもらえるなどと考えないようにしてください。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。