賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
居留守を使っても通用しない!仮処分命令の執行手続き
台風21号は、四国や関西地方に甚大な被害をもたらしました。また、北海道では大きな地震があり、これも甚大な被害が発生しているようです。
謹んでお見舞い申し上げます。
さて、今回は、前回に行き続き、占有移転禁止の仮処分のお話です。
少し前回の話を思い出してみましょう(詳しくは、前回のコラムをご覧ください。)。
Aさんは、練馬区にある賃貸マンションのオーナーですが、Aさんから、マンションの一室(以下、「本件貸室」といいます。)を借りている借主(Bとします。)が長期間家賃を滞納しているので、契約を解除してBを退去させたいという相談を受けました。
Aさんの話によると、滞納が発生している本件貸室には、B以外の人間が頻繁に部屋で寝泊まりしており、しかも、その人間は、暴力団員風であるということでした。
そこで、私は、Aさんと協議して、Bが素性の分からない人間を本件貸室に引き入れることを防ぐために、占有移転禁止の仮処分の申し立てをすることにしました。
早速、占有移転禁止の仮処分命令申立書を作成し、裁判所に申立てを行ったところ、申立から5日後に仮処分決定 が出ました。
ちなみに、今回の仮処分決定 に際して法務局に供託(預けること)した保証金は、家賃及び管理費の2か月分の24万円でした。
私は、占有移転禁止の仮処分決定 が出た日に、仮処分執行の申立をしました。
占有移転禁止の仮処分執行というのは、裁判所の執行官が、実際に賃貸物件を訪れ、賃貸物件についての借主の占有(物を事実上支配して管理している状態)を解き、賃貸物件の管理を開始する手続きです。
もっとも、「執行官が、賃貸物件についての借主の占有を解き、賃貸物件の管理を開始する」と言っても、借主を賃貸物件から追い出すわけではありません。法律上、賃貸物件の管理が執行官に移り、借主は、執行官から許しを得て賃貸物件を使用している状態になるというだけですので、借主が使用している状態は変わりません。
具体的に何をするかと言えば、執行官が賃貸物件に入り、賃貸物件の使用状況や使用者を確認した上で、これからは執行官がその賃貸物件の管理することや借主は賃貸物件を他の人に貸したりしてはならいないこと等が記載してある書面(これを「公示書」といいます。)を、賃貸物件の中の見えやすいところに貼り付けます。
また、執行官は、借主に対して、法律上、賃貸物件の管理が執行官に移ったこと、借主は、執行官から許しを得て賃貸物件を使用していること、賃貸物件を他の人に貸したりしてはならないこと、賃貸物件を他の人に貸したり公示書を剥がしたりすると制裁を受けることがあることなどを説明します。
実際に仮処分執行を行う日時は、執行官と打ち合わせをして決定しますが、この事件では、執行官と打ち合わせをした結果、仮処分執行の申立をした日の4日後の午後2時に仮処分執行を行うことになりました。
仮処分執行の当日、私は、午後2時より20分ほど前に、本件貸室の入口で執行官が着くのを待ちました。執行官が時間より少し早く来ることはよくあるので、少し早めに現地に着き、待っていたのです。
午後2時ちょっと前に、執行官と執行立会人が、本件貸室の入口に現れました。
お互いに自己紹介をして、私と執行立会人が立会人として署名捺印した上、Aさんから預かった賃貸物件の入り口の鍵を執行官に渡しました。
執行官は、本件貸室のドアの前に立ち、インターホンを鳴らしました。いよいよ仮処分執行の開始です。
<<ピンポーン>>
「はい。なんでしょう。」
「東京地方裁判所から来た執行官の〇〇です。Bさんですか?」
「今、Bはいないので、また今度にしてください。」
「いやいや、Bさんがいなくても、仮処分の執行ですので、開けてください。」
こんな会話が交わされた後、中から鍵を開ける音がしてドアが開き、男が一人顔を出しました。
外見からしてAさんの言っていた暴力団員風の男ですが、執行官が身分証明書を提示したところ、2人目の男が顔を出しました。執行官は、その男がBであることを確認すると、「ちょっと中を見せて頂きます。中でお話ししましょう。」と言い、本件貸室の中に入ろうとしました。
Bともう一人の男は、「中に入るのは困ります。」と言いましたが、執行官は、2人に事情を説明して納得させ、「先生は、ここで待っていてください。」と言い残して、執行立会人と一緒に部屋の中に入っていきました。占有移転禁止の仮処分執行の際には、原則として大家さんの弁護士は、部屋の中に入ることはできないので、私は、執行官に言われたとおり、ドアの前で待つことにしました。
ちなみに、今回は、B側がドアを開けたので必要ありませんでしたが、もし、Bがいなかったり、いてもドアを開けなかったりした場合は、執行官は、私が渡した鍵を使って解錠し、部屋の中に入ることができます。
また、仮に、Bが鍵を変えたりして、私が渡した鍵で解錠できないことが予想されるときは、予め鍵屋さんを呼んでおき、鍵屋さんに解錠してもらうことも許されます。
20分くらいして、執行官と執行立会人が本件貸室から出てきました。
執行官の話では、現在、本件貸室に居住しているのはBだけであり、もう一人の男性は、Bの友人のCで、昨日から泊まりに来ているだけであり、間もなく帰るということでした。
これで占有移転禁止の仮処分執行は終わり、執行官と執行立会人は帰っていきました。
私は、本件貸室の前に立っていたBに対し、これから建物明渡し請求訴訟を提起する予定なので、できるだけ早く、転居先を探した方がよいことを話しました。
Bは、「お金がないので引っ越せない。」と言っていました。
この仮処分執行によって、本件貸室に居住しているのはBだけであり、また、Aさんが言っていた暴力団員風の男の名前も判りました。
この結果、たとえこの後に、B以外の人間がその部屋に入り込んで使用していても、Bを被告として建物明渡請求訴訟を提起して勝訴すればよいので、一安心です。
近日中にBを被告として建物明渡請求訴訟を提起しますが、Bが転居先を見つけて、穏便に引っ越してくれるのを祈るばかりです。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。