賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
売買契約の解除は、どうする?改正民法における無催告解除の要件
先日、知り合いのご夫婦に誘われて、尾瀬ヶ原のハイキングに行ってきました。尾瀬ヶ原に行ったのは初めて(というか、そもそもハイキングとか山歩き自体初めて)でしたが、天候に恵まれ、湿地帯に設置された平坦な木道を24キロほどのんびりと歩きました。
マスクをどうしようかと迷ったのですが、歩いているときはさすがに必要ないと思い、マスクをせずに歩きましたが、途中の休憩所や山小屋では、かなり人がいて混んでいましたので、マスクを着けて動いていました。
屋外ではもちろん屋内でも、マスクを気にせず暮らせるようになるのは、いつになることでしょうか。
さて、今回は、売買契約の解除のお話です。
先日、私の知り合いの大家のAさんが、自分の持っている賃貸用マンションを一棟、不動産業者のB社に代金2億円で売却しました。
売買契約日は令和4年6月10日で、決済期日は令和4年8月31日だったのですが、その決済期日の2週間前になって、B社からAさんに対し、決済期日を2週間延期してほしいという申し入れがありました。
しかし、Aさんは、この申し入れを拒絶し、当初の契約で定められている令和4年8月31日に決済するようB社に伝え、仲介会社を通じて、決済の日時及び場所の調整をしようとしましたが、B社はあくまで2週間後の決済を主張して調整に応じず、令和4年8月31日に決済ができませんでした。
Aさんは、令和4年8月30日に私の事務所に来て、もしB社が決済に応じないまま令和4年8月31日が過ぎたら、この売買契約を解除し、違約金を請求してほしいと依頼しました。
このような場合、改正前の民法の下では、相当期間を定めて履行を催告したうえ、この期間内に履行がないときは、売買契約を解除することができるとされていました。これを催告による契約の解除と呼んでいます。
催告による解除の段取りは、大体次のとおりです。
まず、売主は、新しい決済日時を決めて、相手に通知します。通常は、大体1週間後くらいの日を新しい決済期日と決めて、日時と決済場所を買主に内容証明郵便で通知(第1回通知)します。この通知が買主に到達してから、新しい決済期日までの期間が、相当期間ということになります。この期間は、2日程度でもよいという裁判例もあります。
売主は、新しい決済期日当日に、指定した時間と場所で、所有権移転登記に必要な書類等を用意して、買主を待ちます。
この新しい決済期日において、買主が決済つまり残代金の支払いができなければ、売買契約を解除することを記載した内容証明郵便を買主に送付し(第2回通知)、この内容証明郵便が相手方に到達すれば、売買契約は解除されたことになります。
もっともこの方法では、内容証明郵便を2回出さなければなりませんが、第2回通知を省略するために、第1回通知において、新しい決済期日に買主が決済できなければ、改めて通知をすることなく売買契約を解除するという条件付き解除通知を記載しておくという方法をとることもあります。
このような催告による解除は、令和2年4月1日に施行された改正民法においても同じです。ただ、改正民法では、「ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りではない。」というただし書きが追加されました。
これは、付随的な債務や数量的に僅かな部分の不履行の場合には、解除はできないという意味で、従来から裁判例で認められていた取り扱いを明文化したものです。
改正民法では、もう一つ、契約の解除について改正がありました。
それは、債務者が債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したときには、無催告解除、つまり相当期間を定めた催告なしに、契約を解除できることが明文で定められたことです。
無催告解除は、改正前の民法でも、定期行為という特殊な契約(特定の日時または一定の期間内に履行しなければ契約をした目的を達成することができない契約)や契約の履行ができなくなってしまった場合については明文で認められていたのですが、改正民法では、普通の契約で、しかも履行が可能な場合でも無催告解除できることが定められたのです。
では、「債務者が債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき」とは、どのような場合でしょうか。
Aさんのケースでは、B社は、当初の決済期日の2週間前になって、決済期日を2週間延期してほしいと申し入れ、Aさんが決済の日時及び場所の調整をしようとしても、あくまで2週間後の決済を主張して調整に応じず、令和4年8月31日に決済ができませんでした。
B社のこの対応は、売買契約における当初の決済期日である令和4年8月31日について言えば、決済に応じない意思であること、つまり債務の全部の履行を拒絶する意思であることを明確に表示したと言えなくもありません。
しかし、B社は、残代金を払わないと言っているのではなく、2週間後には払うと言っているので、この点からすると、債務の全部の履行を拒絶する意思であることを明確に表示したとは言えないようにも見えます。
文献によると、立法担当者の考えは、債務不履行によって契約目的の達成が不可能になり、その結果、当該債務不履行により債権者が契約を維持する利益ないし期待を失っているような場合に、債権者を契約による拘束から解放するというのが、この条文を置いた趣旨のようです。
こうした点から見ると、買主の決済期日を2週間後に延期してくれという申し入れは、売買契約に定められた期日には支払わないが、その日からそれほど遠くない日に支払いをするという申し入れですから、まだ買主の債務不履行によって契約目的の達成が不可能になり、その結果、売主が契約を維持する利益ないし期待を失っているとまでは言えないでしょう。
もっとも、たとえば売主が、売買契約に定められた決済期日の直後に自分も支払いの予定があり、必ず売買契約に定められた決済期日に残代金を支払ってもらう必要があるという事情がある場合には、売主は契約を解除して即金で購入してくれる別の買主を探さなければなりませんので、買主の決済期日を2週間後に延期してくれという申し入れにより、売主は契約目的の達成が不可能になり、その結果、売主が契約を維持する利益ないし期待を失っていると言えるでしょう。
このケースでは、売主に上記のような事情はありませんでしたので、無催告解除は少し無理があり、通常の催告による解除をするのが無難でした。
私は、B社に対して、通常とおり1週間後を新決済期日とする通知を内容証明郵便で送り、Aさんは上記通知で定めた時間と場所で、所有権移転登記に必要な書類等を用意して待っていましたが、B社担当者は、来訪はしたものの、やはり2週間後(新決済期日からすると1週間後)の決済を申し入れて、残代金の支払いをしませんでした。
そこで、私は、B社に対して契約を解除する旨の内容証明郵便を発送し、この内容証明郵便はB社に到達しました。しかし、B社から迷惑料の支払いの申し入れがあったため、これを受け入れて、B社の希望する決済期日における決済を行うことになりました。
よく考えてみると、高額の不動産売買では、2週間程度の支払いの延期はよくあることですので、目くじらを立てるほどのことはなかったのかもしれません。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。