賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
「給差し」(きゅうさし)をご存じですか。給料差押のやり方について
桜の花も満開になり、いよいよ春本番です。桜が開花した頃、東京でも雪がちらついて、どうなることかと思いましたが、寒い日は長くは続きませんでした。今年の東京のお花見は、寒さに震えることはなさそうです。
さて、今日は、給料差押について、お話ししたいと思います。
賃貸経営をしていると、賃料の滞納は大変な問題です。最近は、入居者に賃料の保証会社と契約させる大家さんが多くなったので、入居者が賃料を滞納しても、保証会社が入居者に代わって賃料を払ってくれるので、賃料の滞納で困る大家さんは少なくなりました。
しかし、保証会社との保証契約は、入居者に保証料を負担させることになりますので、入居者にとっては不利な事柄です。ですから、賃貸借契約を締結してしまった後に、保証会社と保証契約を締結することを賃貸借契約に盛り込むには、入居者の承諾が必要です。
また、そもそも、既存の入居者については、保証会社との保証契約の締結を求めない大家さんもいます。
このため、入居者が保証会社と保証契約を締結していないというケースは、今でもあります。
このように入居者が保証会社と保証契約を締結していない場合、賃料の滞納があれば、直ちに大家さんの収入が減ることになります。
そこで、大家さんとしては、すぐに対応することが必要ですが、今までこのコラムで何度かとりあげたとおり、賃料の滞納を理由として契約を解除できるのは、原則として滞納が3か月分以上となった場合です。
また、滞納が3か月分以上となったときに、直ちに滞納賃料の支払いを催告したとしても、契約を解除できるのは、催告をしてから1週間くらい後です。
さらに、契約を解除しても退去しない入居者を退去させるには、裁判をしなければなりませんが、契約の解除と同時に貸室明渡請求訴訟を提起しても、貸室の明渡しを命ずる判決が出て、それが確定するには、早くても訴え提起から2ヶ月半くらいはかかります。
この間、入居者が、滞納している賃料を少しでも支払ってくれればよいのですが、解除された後に賃料を支払う入居者は、ほとんどいませんので、結局、6ヶ月分くらいの滞納が発生してしまいます。
この滞納分は、当然のことながら、建物明渡請求訴訟の中で請求していきます。
つまり、建物明渡請求訴訟は、単に、「契約を解除したから部屋から出て行け。」という請求だけでなく、「滞納している賃料を払え。」という請求もしているのです。
従って、建物明渡請求訴訟では、建物明渡しを命じるだけでなく、滞納賃料(解除後は、賃料相当損害金)の支払いを命じる判決が下されます。
上記の判決が出て、その判決が確定すると、当然、被告である入居者は、この判決に従わなければなりません。もし従わない場合は、強制執行をすることになります。
建物の明渡しは、入居者が明け渡しを拒んでいる部屋に、執行官が出向き、強制的に入居者を退去させます。
では、滞納賃料(解除後は、賃料相当損害金)の支払いはどうするのでしょうか。
これには、入居者の財産を差し押さえるしかありませんが、賃料を滞納するくらいですから、入居者にめぼしい財産はありません。
しかし、入居者が働いていれば、給料をもらっているはずですから、この給料を差し押さえることができます。
弁護士が、「何も持ってないのか~じゃあ、給差し(きゅうさし)しかないな。」と言うのは、給料を差し押さえるしかないということなのです。
この「給差し」は、原則として入居者の住所地を管轄する裁判所に、債権差押命令申立書という書類を提出して申し立てます。
申立費用は、裁判所に納める印紙代が4000円、切手代が2898円です。そのほか、申立書に添付する書類を集めるために3000円くらいかかります。
申立てをすると、申立書の記載に不備がなければ、申立書を受理した日の2から3日後くらいには、債権差押命令が入居者の就業先の会社宛てに発送されます。1日から2日あれば、就業先に届くでしょう。
この「給差し」によって、どれくらいのお金を差し押さえることができるのでしょうか。
まず、当たり前のことですが、差し押さえることができる金額は、裁判所の判決で認められた滞納賃料の額と債権差押命令の申立にかかった諸費用の合計金額までです。
次に、給料のどれくらいの部分まで、差し押さえることができるのでしょうか。
給料は、入居者及びその家族の生活資金ですから、一定の限度でしか差し押さえることはできません。
大雑把に言うと、一般の月給をもらっているサラリーマンの場合、月給(基本給と諸手当。ただし、通勤手当を除く。)から所得税、住民税、社会保険料を差し引いた残額の4分の1です。
例えば、通勤手当を除く基本給と諸手当が26万円で、所得税、住民税及び社会保険料合計が6万円の場合、26万円から6万円を引いた残りの20万円の4分の1ですから、5万円ということになります。賞与についても、基本的には同じです。
ただ、月給が非常に高い人の場合は、もっと沢山の金額を差し押さえることができます。たとえば、通勤手当を除く基本給と諸手当が70万円で、所得税、住民税及び社会保険料合計が20万円の場合、上記と同じ計算によると、差し押さえることができる金額は、12万5000円です。
しかし、このように月給が多い場合、通勤手当を除く基本給と諸手当70万円から所得税、住民税及び社会保険料合計20万円を引いた残額から33万円を引いた残額の17万円を差し押さえることができます。
また、賞与についても、賞与から所得税、住民税及び社会保険料を差し引いた残額が44万円を超えるときは、その残額から33万円を控除した金額を差し押さえることができます。
ちなみに、この債権差押命令が就業先に届いた後、裁判所の判決で認められた滞納賃料の額と債権差押命令の申立にかかった諸費用の合計金額を完済する前に退職したときは、この債権差押命令の効力は、退職金にも及びます。
「給差し」は、入居者の収入源を押さえるため、入居者にとって直接的なダメージがある上、就業先に債権差押命令が届くため、就業先に賃料の滞納をして裁判をおこされた事実が知れてしまうという間接的なダメージがあります。
このため、「給差し」は、弁護士としても、最後の手段という位置づけです。
それでは、また次回に。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。