賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
これは、大家さんに有利!賃借人が行方不明となった場合に明渡しを認める契約条項
新型コロナウィルスの感染者数が爆発的に増加しています。
子供の感染が多いようで、私の孫が通っている保育園でも、年長の子から感染が広がり、年長組から年中組へと順番に閉鎖になっています。
第7波ということですが、一体何波まで続くのでしょうか。どうなれば、終息と言えるのでしょうか。
ちょっとうんざりしてきていますが、結局、これまでどおり、手洗い、うがい、なるべく人混みに行かないという対策を続けるしかないと思っています。
さて、今回は、夜逃げ対策の契約条項のお話です。
先日、ある大家さん(Aさん)から、こんな相談がありました。
Aさんは、東京都内にアパートを数棟所有していますが、その1棟のある部屋に住んでいた賃借人Bが、家賃を数ヶ月滞納したあげく、夜逃げをしたそうです。
Aさんの話によると、ある日、この部屋の賃貸管理をしている管理会社の担当者が、家賃の督促をするためにこの部屋を訪問した際、鍵が開いていたので、何度か声を掛けた上で中をのぞいたところ、明らかに引っ越しをしたような状態で、古い家電や家具が、雑然と並べられていたそうです。
Aさんは、「契約時に聞いていた勤務先や親族に電話をしたところ、勤務先の人からは、何ヶ月か前に退職としたと言われました。また、親族からは、もう1年近く連絡を取っておらず、行方が分からないと言われました。どうしようもないので、部屋の中に残っている家財道具を廃棄して、他の人に部屋を貸してもいいでしょうか。」と質問してきました。
大家さんにとって、最も困るのが、賃借人の夜逃げです。
Aさんのケースのように、賃料を何ヶ月も滞納したあげく、ある日部屋に行ってみると、賃借人が、いらない家財道具を残したまま、居なくなっているというケースです。
このような場合に、大家さんから相談を受けた弁護士としては、「勝手に残っている家財道具を捨ててはいけません。訴訟をして判決をもらい、判決に基づいて強制執行をして、明渡しを受けてください。それから、他の人に貸してください。」と言うほかありません。
「そんな馬鹿な。賃借人が家賃を滞納して勝手に出て行ったのに、大家は費用をかけて裁判や強制執行をしなければならないのですか?その費用だけではなく、その間家賃も入ってこないのですよ。」と、いつも大家さんから文句を言われるのですが、今の日本の法律では、賃借人が夜逃げをしても、勝手に残っている家財道具を捨てる行為は違法ですので、後で損害賠償を求められるおそれがあるのです。
では、賃貸借契約書で、賃借人が夜逃げをした場合には、借りていた部屋を明け渡したものとして扱い、残っている家財道具を廃棄するという条項をいれておいた場合はどうでしょう。
たとえば、次のような条項を、賃貸借契約書に入れて、賃借人が承諾したら、上記のような理不尽な結果は、回避できるのではないでしょうか。
「甲(賃貸人)は、乙(賃借人)が賃料等の支払を3か月以上怠り、甲において合理的な手段を尽くしても乙本人と連絡が取れない状況の下、電気・ガス・水道の利用状況や郵便物の状況等から本物件を相当期間利用していないものと認められ、かつ、本物件を再び使用しない乙の意思が客観的に看取できる事情が存するときに、乙が明示的に異議を述べない限り、本物件の明渡しがあったものとみなすことができる。」
「甲が前項の規定に基づき本物件の明渡しがあったものと見なす場合において、甲は、乙が本物件内等に残置する乙の動産類を任意に搬出・保管することができ、これに対して乙は異議を述べない。」
「甲が前項の規定に基づき本物件内に残置する乙の動産類を任意に搬出・保管する場合において、乙が搬出の日から1か月以内に引き取らないものについて、乙は当該動産類全部の所有権を放棄し、以後、甲が随意にこれを処分することに異議をのべない。」
上記の各条項について、問題となるのは、上記の各条項が有効かという点です。
大家さんの中には、賃貸借契約というのは、賃貸人と賃借人の合意により成立するものだから、賃借人が承諾している以上、全ての条項が有効であると考えている人がいます。
しかし、法律の規定には、任意法規と強行法規という区別があり、任意法規については、当事者間の合意で、法律の定めと異なる内容を決めることができますが、強行法規では、当事者間の合意で、法律の定めと異なる内容を決めることができません。このため、強行法規に反する契約条項は、原則として効力が認められません。
建物賃貸借契約には、主に民法と借地借家法が適用されますが、これらの法律の中に強行法規が多数あります。また、大家さんと賃借人は、事業者と消費者の関係にありますので、消費者契約法の適用もあり、消費者契約法の規定は、強行法規です。
従って、上記の各条項の内容が、民法、借地借家法、消費者契約法の強行法規の内容と抵触すると、上記の各条項は、原則として無効となってしまいます。
では、上記の各条項の内容が、民法、借地借家法、消費者契約法の強行法規の内容と抵触するのでしょうか。
この点については、このコラムの2019年7月号で取り上げた大阪地方裁判所の判決で判断されており、同判決では、上記の各条項と同様の条項について消費者契約法に抵触するとして効力を否定しました。
その上で、「貸室内の入居者の所有物を搬出する行為は、法的手続きによることができない緊急性のある場合を除き、不法行為に該当する」と判断し、上記の各条項と同様の条項の使用差し止めを認めました。
ところが、この事件の控訴を受けた大阪高等裁判所は、上記の大阪地方裁判所の判断を覆し、上記の各条項と同様の条項について、消費者契約法に抵触しないという判決を下しました。
この大阪高等裁判所の判決に対しては、上告がなされていますので、いずれ最高裁判所の判断が下されます。
もし最高裁判所が、上記の各条項と同様の条項について、消費者契約法に抵触しないという判断をした場合には、大家さんとしては、いざというときのため、賃貸借契約書の中に上記の各条項を入れておくことを考慮すべきでしょう。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。