賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
入居者の孤独死について、どんな対策をしていますか。居室で孤独死した入居者の相続人の責任についての判決
第5波の感染拡大も一段落して、第6波に備えるべき時期ですが、実際には、みんな気が緩んでしまい、外食や旅行をする人が増えているようです。
今年中には、米国の製薬会社の飲み薬が、また、今年度中には、我が国の製薬会社の飲み薬が承認される可能性が高いと報道されていますので、ワクチン接種率の上昇と飲み薬の承認により、不安なく外食や旅行ができるようになるのではないかと期待しています。甘いでしょうか。
さて、2019年9月号コラムで、「賃借人が孤独死して遺体の発見が遅れた場合、居室の原状回復費用は、誰が負担するか。」という問題を取り上げました。
このコラムでの事案は、次のようなものでした。
相談に来た方は、秋田県に住むAさんですが、「自分の兄のBが東京都内の賃貸アパートで孤独死し、発見が遅れたために、賃貸アパートの居室が汚損してしまった。私が、Bの唯一の相続人なので、大家から清掃や修理の費用200万円の請求を受けている。」ということでした。
Aさんは、私と相談した結果、相続放棄の手続きは取らず、大家からの請求に対しては、Aさんには清掃や修理の費用200万円の支払義務がないという返事をすることにしました。
Aさんが、大家に対して、上記の返事をしてから1か月くらい経ったころ、Aさんの家に、東京地方裁判所から訴状が届きました。
この訴状は、大家を原告とし、Aさんを被告として、Bが借りていた居室の清掃及び修理の費用200万円の支払いを請求するものでした。
私は、Aさんから依頼を受けて、この事件をお引き受けしました。
私は、この裁判で、当初から、次のように主張しました。
(1)建物賃貸借においては、賃借人の故意または過失や通常の使用方法に反する使用など、賃借人の責めに帰すべき事由による住宅の損耗があれば、賃借人がその復旧費用(原状回復費用)を負担する。
(2)本件において、Bは病死したと推測されるから、同人が死亡したことそのものは、自殺とは異なり、賃借人の故意または過失や通常の使用方法に反する使用とは認められない。また、Bの死亡後は、同人に、故意または過失や通常の使用方法に反する使用は観念できない。
(3)被告Aは、Bの死亡について連絡があるまで、Bの死亡を知らず、被告AがBの相続人となったことも知らなかったのであるから、被告Aについても、Bの死亡から同人の死亡について連絡があるまでは、賃借人の故意または過失や通常の使用方法に反する使用などを認めることはできない。
この事件の審理が今年の4月に終わり、6月に判決が下されました。
原告の請求額は、裁判の途中で増額され、260万円ほどになりました。
増額の内容は、Bが居室で孤独死したことにより、居室が一定期間賃貸できなくなったこと、あるいは賃料が下落したことにより発生した損失の損害賠償請求でした。
しかし、判決で認められたのは、Bが生前に、その責に帰すべき事由により破損した居室の原状回復費用約32万円だけでした。
また、判決は、裁判の途中で増額された逸失利益の損害賠償請求について、次のように判示して、退けました。
「賃借人が生活の本拠とする賃借建物内で自然死に至り、一人暮らしの場合にその発見が遅れることは、社会通念上起こり得ないことではないから、賃借人が貸室内で自然死に至り1か月程度その遺体が貸室内に存置されたことをもって、直ちに賃借人の債務不履行を基礎づけることは困難である。Bが本件貸室内で自然死に至りその発見が遅れたことについて、B又はAの具体的な注意義務違反を明らかにし、上記認定を左右するに足りる主張、立証はない。
したがって、仮に、Bの死亡について原告が損失を被ったとしても、被告はその賠償義務を負わない。」
裁判所の判決文なので、分かりにくい表現ですが、分かり易く説明すると、この判決文の意味は、次のようなものだと思います。
「Bが貸室内で病死して、遺体の発見が遅れ、1か月程度Bの遺体が貸室内に残されたとしても、それだけでは、Bに責に帰すべき事由があるということはできない。原告は、Bが本件貸室内で病死し、遺体の発見が遅れたことについて、B又はAに、どのような落ち度があったのか、より具体的に主張し、立証すべきであるが、それをしていない。したがって、仮に、Bの死亡について原告が損失を被ったとしても、被告はその賠償義務を負わない。」
判決の言うところの「B又はAの具体的な注意義務違反」、言い換えれば、「B又はAの具体的な落ち度」とは何でしょうか。
これは、なかなか難しいところですが、亡くなったBについては、従前から重い病気を患い、入院しなければ死亡するかもしれないことを容易に予測できたのに、合理的理由もなく入院をしなかったなどという事情ではないかと思います。
また、Aについては、頻繁にAに連絡していたBが、全く連絡してこなくなったのに放置したとか、Bが苦しそうな声で電話をしてきたり、命に危険が迫っているような内容のメールを送ってきたりしたのに放置したなどの事情ではないかと思います。
いずれにせよ裁判所は、賃借人が居室で病死した場合には、死後に発生した居室の汚損や居室の賃料の喪失ないし下落による損失について、原則として相続人の責任を認めないと思われます。
従って、大家さん、特に高齢者が入居者している居室の大家さんとしては、孤独死に対応した保険に入るなどの対策をとる必要があります。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。