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一時使用目的の建物賃貸借を知っていますか?借地借家法の借家に関する規定の適用を受けない建物賃貸借がある!
冬期オリンピックも終わり、いよいよ春が近づいてきました。今年の冬は寒かったので、いっそう春が待ち遠しい感じです。
さて、先日、ある大家さん(Aさん)から、こんな相談を受けました。
Aさんの所有しているマンションの近くに、新しいマンションを建設する計画があり、そのマンションの建築工事を請け負った会社(B社)から、Aさんに、Aさんのマンションの一室を現場事務所として10ヶ月間ほど貸して欲しいという申し入れがあったそうです。
Aさんのマンションは、かなり老朽化しており、Aさんとしては、何年か先に建て替えたいと考ていて、そのために入居者を入れないようにしていました。
Aさんとしては、B社が短期で借りてくれるなら渡りに船ですが、Aさんの心配は、B社が10ヶ月後に本当に出て行ってくれるかという点にありました。
そこで、Aさんは、B社に確実に出て行ってもらうには、どうすればよいか相談に来たのです。
一般の建物賃貸借契約では、たとえ契約期間を短期と定めても、借主が建物の使用を継続する限り、契約を終了させることはできません。
もう少し詳しく説明すると、次のとおりです。
普通建物賃貸借契約においては、契約期間の最短は1年と定められており、これより短い期間を定めた場合は、期間の定めがない契約とみなされます。ですから、Aさんのケースのように、10ヶ月を契約期間とする普通建物賃貸借契約は、期間の定めのないものになります。
このような期間の定めのない普通建物賃貸借契約は、大家さんの側からいつでも解約の申入れができ、大家さんから解約の申入れがあると、それから6か月経過後に契約は終了することになっています。
もっとも、この大家さんの解約申入れには正当事由が必要であり(借地借家法28条)、正当事由がなければ、解約申入れをしても契約は終了しません。
正当事由とは、分かり易く言えば、大家さんが賃貸中の建物を自ら使用しなければならない事情、すなわち「建物使用の必要性」です(詳しくは、Q&Aを見てください。)。
従って、Aさんのケースでは、いかに契約期間が短期でも、普通建物賃貸借契約を締結してしまうと、Aさんに正当事由がないと、解約申し入れをしても、契約は終了しないことになります。
もちろん、Aさんのケースでも、正当事由が認められる余地はありますが、面倒を避けるために、もっと簡単に出て行ってもらえる方法を選ぶべきでしょう。
その方法としては、定期建物賃貸借契約と一時使用目的の建物賃貸借契約を利用する方法が考えられます。
まず、定期建物賃貸借契約ですが、ご存知のとおり、定期建物賃貸借契約は、契約期間が満了すると、契約の更新はなく、確定的に契約が終了する建物賃貸借契約です。定期建物賃貸借契約の契約期間は、普通建物賃貸借契約と異なり、短期についても長期についても制限はありませんから、契約期間を10ヶ月とする契約も可能です。
ただ、定期建物賃貸借契約は、契約の仕方が普通建物賃貸借契約より、かなり面倒です。まず、契約の締結ですが、定期建物賃貸借契約は、必ず書面で契約しなければならず、契約書の中に、「この賃貸借契約は契約の更新がなく、契約期間が満了すると必ず契約が終了してしまうこと」を明記しなければなりません。
しかも、契約の締結に当たって、事前に、「この賃貸借契約は契約の更新がなく、契約期間が満了すると必ず契約が終了してしまうこと」が記載された書面を、契約書とは別に入居者に対して交付して、説明をしなければなりません。
Aさんは、定期建物賃貸借契約を締結した経験があるので、上記の契約の仕方はわかっており、この方法を選択することが可能でした。
もう一つの方法は、一時使用目的の建物賃貸借契約を締結する方法です。
一時使用目的の建物賃貸借契約は、あまり知られていませんが、借地借家法40条に、「この章の規定は、一時使用のために建物の賃貸借をしたことが明らかな場合には、適用しない」と定められています。
「この章」というのは、借地借家法の「第三章 借家」のことですから、一時使用のために建物の賃貸借をしたことが明らかな場合には、借家に関する規定が全て適用されないことになります。つまり、先ほど普通建物賃貸借について説明した借地借家法の規定は、まったく適用されなくなるのです。
では、どのような場合には、「一時使用目的のための賃貸借であることが明らか」と言えるのでしょうか。
過去の裁判例では、その契約が締結された客観的な事情から、その契約を一時使用のためのものであると評価してよいことを基礎づける具体的事実が立証されることが必要であるとしています。
具体的には、借主が、自宅建物を増改築する間の仮住居とするためというような場合です。
また、このような客観的・具体的な事実を前提として、借主が、この事実を認識した上で、一時使用であることを了解したことが必要です。
Aさんのケースでは、新しいマンションを建設する計画があり、そのマンションの建築工事を請け負ったB社が、Aさんのマンションの一室を現場事務所として10ヶ月間ほど貸して欲しいと申し入れて来たわけですから、当然上記の条件と満たしています。
Aさんとしては、後々トラブルにならないように、上記の事情を確認した上、契約書に明記しておく必要があります。
これによって、AさんとB社との間の建物賃貸借契約には、借地借家法の借家に関する規定の適用はなく民法が適用されることになりますので、契約期間が終了により、B社は退去しなければなりません。
結局、定期建物賃貸借契約による場合でも一時使用目的の建物賃貸借による場合でも、契約書などの記載内容には注意が必要ですが、とにかくB社が契約期間満了時に退去することは確保できます。
一般の大家さんは、一時使用目的の建物賃貸借を使う機会は、あまりないと思いますが、Aさんのケースのように、知っておくと役に立つことがあるかもしれません。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。