賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
裁判をしなくても強制執行ができる!?~執行認諾文言付公正証書の効力
関東では梅雨が明けましたが、雨が足りなかったのか、水不足のようです。一方、毎日のように豪雨による洪水のニュースが流れています。洪水が起こるようなところではなく、いわゆる関東の水瓶と言われているところに沢山雨が降ればいいのですが、うまくいかないものです。
さて、今回は、賃貸経営がらみの物件の売買のお話です。
先日、私の知り合いのサラリーマン大家さん(Aさん)が、所有する賃貸用マンション1棟を、代金1億円で不動産会社(X社)に売却する契約を締結しました。
買主のX社は、よほど転売の自信があったのか、あるいは確実に融資してくれる金融機関をつかんでいたのか、ローン条項もつけずに、違約金を売買代金の2割(2000万円)とする売買契約書に判を押しました。
ローン条項というのは、簡単に言うと、買主が銀行から売買代金を払う資金を借りられないときは、何のペナルティーもなしに売買契約をなかったことにできるという条項です。
通常は、決済日の1週間くらい前には、買主から決済場所と時間の連絡があるはずですが、決済日が数日後に迫っても、X社からAさんに、何の連絡もありませんでした。
Aさんが、不審に思って仲介業者に電話をすると、どうもX社は、当てにしていた転売先に断られ、金融機関からの融資も受けられずに、行き詰っていたようなのです。
この状況で、Aさんから、「どう対応したらいいか。」という相談がありました。
Aさんとしては、決済日まであと3日という短い時間の中で、どうしたらいいか迷っていました。
このような場合、まず、X社に2000万円もの違約金を支払う資金があるのか、ある程度感触をつかみます。
その方法としては、極めてオーソドックスですが、X社の会社の登記情報を入手し、代表者の住所を調べます。その上で、本店所在地のビル、社長の自宅住所地の土地及び建物の登記情報を入手します。民事法務協会というところと契約していれば、インターネットで登記情報を取ることができますので、これらの登記情報はほんの数分で入手できます。
これらの登記情報を調べたところ、X社は、数年前に設立されたばかりであり、また、本店所在地のビル、社長の自宅の土地建物は、どちらも自己所有ではありませんでした。
さらに、インターネットでX社のWEBページを調べたところ、資本金も1000万円と少なく、宅地建物取引業免許証番号の数字も、東京都知事(1)第○○号で、不動産取引業の経歴も短いようでした。
こうした情報からすると、仮にX社が決済日に売買代金を支払うことができず、2000万円もの違約金支払義務を負っても、そのような大金を支払う資金や、換金できる財産はないと考えるのが普通です。宅地建物取引業者の営業保証金も、X社のように本店しか事業所がない会社では、1000万円が限度です。
このような時に、無理に違約金の支払いを求めれば、X社は倒産しかねません。こうなってしまっては、元も子もありません(もっとも、Aさんは、X社の契約不履行を理由に契約を解除すれば、今回売買した賃貸用マンションを他の事業者に売れますので、単に違約金がとれないというだけです。)。
そこで、次のような対応を取ることしました
① X社に違約金2000万円の支払義務を認めさせる。
② この違約金のうち1000万円は、売買契約書に決められている決済日に現金で支払う。
③ 違約金の残り1000万円は、2ヶ月後に支払う。
④ ただし、X社が2ヶ月以内に売買代金を支払った場合は、違約金の残りの1000万円は免除する。
⑤ 上記の内容を記載した公正証書をつくる。
この対応によると、上手くいけば、Aさんは、1000万円の違約金を手に入れた上、最初の契約どおりの売買代金を手に入れることができます。違約金の残り1000万円は手に入りませんが、もともとX社には2000万円もの支払をする能力はないと思われますので、絵に描いた餅の2000万円より、現金1000万円と売買代金を確実に取りに行くことにしたのです。
このような場合は、公正証書を作っておくことが必要です。
公正証書は、公証役場という役所で公証人が作成する書面ですが、一般の人にはあまりなじみがなく、役所でつくってもらう契約書という程度のイメージしかない方が多いようです。
しかし、公正証書には、単なる契約書にはない特別な効力を持たせることができます。
実は、金銭等の支払に関して作られる債務弁済公正証書に、「執行認諾文言」を入れると、確定した判決と同じ効力を持ち、裁判などしなくても、公正証書を使って強制執行ができるのです。執行認諾文言とは、具体的には、「債務者が債務を履行しない時は、直ちに強制執行を受けても異義のない事を承諾する」という旨の文言です。このような執行認諾文言付き公正証書の効力は、通常の契約書にどんな条項を入れても、絶対に認められません。
この事案で、AさんとX社の話がまとまり、X社がAさんに1000万円を払ったとしても、2ヶ月の間にX社が転売先を見つけられるかわかりません。もし、2ヶ月後にX社が転売先を見つけられず、売買代金を支払うことができなければ、Aさんは、X社に違約金の残り1000万円を請求することになります。しかし、X社がこの請求に応じないときは、原則として裁判をして判決をもらわなければ、X社の財産を差し押さえたりすることはできません。
ところが、執行認諾文言付き公正証書を作っておけば、確定した判決と同じ効力がありますので、裁判などしなくても、直ちにX社の財産を差し押さえることができるのです。執行認諾文言付公正証書とは、それほど強力なものなのです。
そんな強力な書類の作成を、X社が了解するはずはないと思われる方もいらっしゃると思います。
しかし、X社は、Aさんの出した条件を飲まなければ、直ちに違約金2000万円を請求され、場合によっては倒産することになります。
逆に、X社は、Aさんの出した条件を飲めば、転売先を見つける期間が2ヶ月もらえ、転売先を見つけて、転売先から受け取った代金でAさんに売買代金を支払えば、転売益を得るとともに、違約金の残り1000万円を免除してもらえます。
分かりやすく言えば、Aさんの出している条件は、溺れかかっているX社に投げた浮輪のようなものですから、X社は、Aさんの出した条件に飛びつくはずなのです。
案の定、X社は、Aさんの出した条件を丸呑みし、違約金2000万円の支払義務を認めた上、Aさんに1000万円を現金で支払い、公正証書の作成にも応じました。
Aさんは、1000万円を手に入れて、あとはX社が2ヶ月以内に売買代金を支払ってくれるのを待つばかりです。
もちろん、2ヶ月以内にX社が売買代金を支払うことができなければ、作成した公正証書を使って、違約金の残り1000万円の回収を行うことになります。
今回のコラムは、賃貸経営とは直接かかわりませんが、賃貸経営をするために物件の売買をしている方は、執行認諾文言付公正証書の効力について知っておくと、役に立つことがあるかもしれません。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。