賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
借主からの解約申し入れ
都心の商業ビルを所有し、各フロアを事業者に貸している実例
この度、「賃貸経営の法律アドバイス」を担当させていただくこととなりました弁護士の大谷郁夫です。1か月に1回ですが、アパート・マンション経営をされている方のお役に立つ法律情報を、できるだけわかりやすくお届けしていきます。
さて、私は、かなり前から、大家さんサイドに立った弁護士業務を続けてきましたが、2年ほど前に、その経験をまとめて、「ちょっと待った!!大家さん!その敷金そんなに返す必要はありません!!」という本を出させていただきました。そうした関係で、多くの大家さんから、さまざまな法律相談をお受けしています。先日も、ある大家さんから、次のような相談を受けました。
この大家さんは、都心の一等地に6階建ての小さな商業ビルを所有し、各フロアーを事業者に貸しています。
大家さんとこのビルの3階を借りている個人事業者(以下、「Aさん」といいます。)との建物賃貸借契約書には、次のような内容の記載があります。
Aさんは、平成26年2月28日に、大家さんに、平成26年5月31日を契約終了日とする解約の申し入れをFAX送信してきました。
そして、Aさんは、大家さんに、「別の建物に移転する予定だが、移転にはいろいろとお金が必要なので、敷金を早く返してほしい。だめなら、移転はできない。」と言い、次のような要求をしてきました。
大家さんは、Aさんの要求に対して、どう対応したらいいか困っていました。みなさんなら、どうしますか。
私は、大家さんに次のようにアドバイスしました。
第1に、大家さんには、明け渡し前に、原状回復費の見積もりをする義務はありません。
借主は、借りている部屋を明け渡す際に、借りたときの状態に戻さなければなりません。これを原状回復義務といいます。
この原状回復にかかる費用を原状回復費といいますが、原状回復は借主の義務ですから、本来借主が費用を支払って原状回復しなければなりません。契約書にも、普通は、「借主は、原状回復をして明け渡さなければならない。」と書いてあります。
もっとも、ほとんどの大家さんは、借主の明け渡し後に原状回復をして、その費用を敷金から差し引いています。しかし、それは、あくまで借主が原状回復をしないで出て行った場合に、大家さんが借主の代わりに原状回復をして、その費用を敷金から差し引いているだけなのです。
しかも、明け渡しが完了しなければ、どこが汚れたり壊れたりしているか、正確に確認できませんので、明け渡し前に原状回復費を見積もることは、物理的にも困難です。
従って、大家さんは、1の要求に応じる必要はありません。
第2に、大家さんは、明け渡し前や明け渡しと同時に敷金を返還する義務もありません。
契約書を見てください。普通は、敷金の返還は、部屋の明け渡しの後ということになっています。また、最高裁判所も、敷金の返還は、原則として明け渡し後に行えばよいという判断をしています。
従って、大家さんは、2及び3の要求に応じる義務はありません。
第3に、この事件では、借主は、契約期間が満了から1カ月後を契約終了日とする解約申し入れをしていますので、契約は更新されます。
もちろん、Aさんは、更新契約書にハンコを押すはずはありませんので、合意による更新はできません。
しかし、Aさんが、契約期間満了後も部屋を使い続ける以上、借地借家法の規定により大家さんとAさんとの契約は更新されてしまいます。これを法定更新と言います。
このような場合、つまり、合意による更新ではなく法定更新の場合に、更新料の支払い義務があるかどうかは、裁判所でも判断が分かれています。
しかし、法定更新の場合でも、更新料の支払義務を認めた裁判例はたくさんありますので、大家さんとしては、更新料を要求するべきです。
第4に、敷金の償却条項は、大家さんに不当に有利な条項ではなく、有効です。
最高裁判所は、一般の消費者が借主の賃貸借契約において、契約終了時に敷金から一定金額を差し引いて返還する特約、すなわち敷引特約を有効と認めています。
償却は、実質的に敷引きと変わりませんので、同じように有効と考えられます。ましてや、この事件では、借主は事業者ですから、1ヶ月程度の償却が無効になるはずはありません。
いかがでしたでしょうか。
毎回、このような形で、実際の相談や事件、裁判所の最新の判例の中から、賃貸経営に役立つ法律情報をお届けしていく予定です。
それでは、また次回。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。