賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
民法大改正~賃貸経営に与える影響は?~その1
5月に入り、進学、就職、転勤等による引っ越しシーズンが終わり、大家さんも、のんびりしたゴールデンウィークを過ごされたのではないでしょうか。
さて、今回は、民法改正についてお話したいと思います。
国会に提出されていた 「民法の一部を改正する法律案」及び「民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」は、平成29年4月14日衆議院で可決され、現在、参議院で審議中です。
日本の内外でさまざまな出来事が起きているので、どうなるかはわかりませんが、順調にいけば今国会で成立することになります。
「民法の一部を改正する法律案」(以下、「民法改正法」といいます。)の附則によると、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行することになっていますので、今国会で成立し、公布されれば、遅くとも2020年には、民法改正法が施行されることになります。
それでは、この民法改正法は、アパートやマンションの賃貸経営をめぐる法律関係に、どのような影響を与えるのでしょうか。
まず、民法改正法の中で、賃貸経営をめぐる法律関係に関連する改正はどれくらいあるのかみてみましょう。
民法改正法の条文番号順にざっとあげただけでも、下記のとおり、かなりの数に上ります。
1.家賃や損害賠償請求権の消滅時効に関する改正
2.延滞賃料等についての遅延損害金に関する改正
3.保証人に関する改正
4.賃借人の契約終了時の収去義務に関する改正
5.賃貸借期間に関する改正
6.賃貸不動産が譲渡された場合の法律関係についての改正
7.賃借人の妨害排除請求に関する改正
8.賃貸建物の修繕に関する改正
9.建物の一部使用不能による賃料の減額に関する改正
10.転貸借の法律関係に関する改正
11.賃借人の原状回復義務に関する改正
12.敷金に関する改正
賃貸経営をされている大家さんが一番興味のある改正としては、「11.賃借人の原状回復義務に関する改正」と「12.敷金に関する改正」だと思います。
しかし、この2つ点についての改正は、いままで積み重ねられてきた判例に基づく実務を条文で明確にしたに過ぎず、特に新しいルールを作ったわけではありません。
ですから、この2つの点についての改正は、賃貸経営をめぐる法律関係にほとんど影響を与えないと言っていいでしょう。
このことは、このコラムで2015年3月と4月にお話ししました。
少しおさらいをしてみましょう。
まず、賃借人の原状回復義務に関する現在の実務のポイントは、次の4点です。
(1)借主は、契約終了後に、借りた部屋を借りた時の状態に戻して、大家さんに返還しなければならない。
(2)借主の原状回復義務の範囲は、借主のミスで壊れたり汚れたりした部分を元に戻すところまでである。
(3)借主は、通常損耗や経年変化を元に戻す義務は負わない。
(4)通常損耗や経年変化によって壊れたり汚れたりした部分の補修費を借主に負担させる特約は有効である。
これに対して、民法改正法の法律案では次のように定めており、上記の実務の4つのポイントに変更はありません。
(なお、この規定を当事者の合意によって変更することを禁止する規定はありません。)
第六百二十一条 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
次に、敷金についての現在の実務のポイントは、次の3点です。
(1)借主が支払えないお金を、その敷金から差し引いてよい。
(2)大家さんは、「本物件の明渡しがあったとき」、「遅滞なく」敷金を返還すればよい。
(3)借主は、家賃を延滞したときに、敷金から差し引くことを求めることはできない。
これに対して、民法改正法の法律案では次のように定めており、ここでも上記の実務の3つのポイントに変更はありません。
第六百二十二条の二 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。
二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
2 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。
このように「11.賃借人の原状回復義務に関する改正」と「12.敷金に関する改正」は、「改正」と言うよりは、現在の実務の明文化に過ぎません。
これに対して、「3.保証人に関する改正」や「9.建物の一部使用不能による賃料の減額に関する改正」は、実質的な改正となっており、実務に影響があると思われます。
長くなりましたので、この点は、次回お話します。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。