専門家のアドバイス
大谷郁夫

賃貸経営の法律アドバイス

賃貸経営の法律
アドバイス

弁護士
銀座第一法律事務所
大谷 郁夫

2015年7月号

賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。

原状回復費用

 梅雨の鬱陶しい雨が続いています。今年は、去年より雨の日が多いような気がします。

 さて、今回は、原状回復費用のお話です。
 この原状回復費用は、大家さんが最も頭を悩ませるところです。
 原状回復費用が多くなれば、敷金の額を超えてしまい、退去した借主に敷金では足りない分を請求しなければなりません。逆に、原状回復費用が少なければ、退去した借主に敷金から原状回復費用を差し引いた残金を返還しなければなりません。
 いずれにしても、大家さんの側で原状回復費用を正確に計算する必要がある上、借主が大家さんの計算に納得しないとトラブルとなります。場合によっては退去した借主から敷金返還請求訴訟を起こされ、裁判所から呼出状が来ることもあります。

 この面倒くささを避けるために、大家さんが妥協して、敷金を無条件で全部返してしまうということもよくあります。また、管理会社に任せていても、やる気のない管理会社は、退去した借主の言いなりなってしまうこともあります。
 しかし、貸している部屋が多くなればなるほど、1年間に必要となる原状回復費用の総額は多額になります。1部屋の原状回復費用が少額だからといって妥協していると、結果的に多額の損失を被ることになるのです。このため原状回復費用が、賃貸経営の収支を圧迫することもよくあります。
 そこで、大家さんが集まって原状回復費用を安くする勉強会をしたり、原状回復資材のまとめ買いをしたりして、原状回復費用を圧縮する努力をしているという話をよく聞きます。
 実際、私も今、大家さんグループのリーダーと協力して、原状回復費用をできるだけ借主に負担させる契約書のサンプルや原状回復費用を借主に請求する裁判を大家さんが自分で起こすためのマニュアル作りをしています。

 では、大家さんが負担する原状回復費用をできるだけ安くするためには、どんな対策があるでしょうか。
 第1に、賃貸借契約書に、原状回復費用を借主に負担させることができるような特約条項を入れておくという対策があります。
 第2に、借主が使用中に壊したり汚したりした部分は、借主が修理費用を負担しなければなりませんが、そのためには、借主が壊したり汚したりしたことを立証しなければなりません。この立証のための資料を確保しておくという対策があります。
 第3に、原状回復工事をできるだけ安くきちんとしてくれる業者を確保するという対策があります。そのために、大家さんのグループに参加して情報交換をしたり、共同発注をしたりするということも考えられます。

 この3つの対策について、これから詳しく説明しますが、1回で全部は書ききれませんので、まず、原状回復費用を借主に負担させることができるような特約条項について説明します。

 分かりやすいように、具体的なケースで考えてみましょう。

貸していた部屋 : ワンルームマンション(入居時築4年)
貸していた期間 : 4年間
家賃 : 月額8万円
預かっている敷金 : 16万円
入居時の状況 : フルリフォーム(壁紙も張替え)破損・汚れ一切なし
退去時の状況 : フローリングに大きな傷あり・壁の一部にコーヒーをかけたシミあり・壁の一部が日焼けにより変色・テレビや冷蔵庫などの後部の壁紙に黒ずみあり

 借主が退去した後に大家さんが、この部屋のリフォームをしました。かかった費用は、次のとおりです。

(1)壁紙の総張替え 60,000円
(2)フローリングの傷部分の修理 30,000円
(3)台所及びトイレの消毒 10,000円
(4)部屋全体のハウスクリーニング 30,000円
(5)鍵の交換 20,000円
 合計 150,000円

  では、このうち退去した入居者に請求できる金額(=敷金から差し引いてよい金額)は、いくらでしょうか。
 契約書に特別な定めがなければ、退去した借主に請求できるのは、(1)の一部の10,000円程度と(2)の全部30,000円の合計40,000円です。残りの110,000円は、大家さんの負担となります。
 意外に思われるかもしれませんが、法律上は、これが正しい結論です。

 少し詳しく説明しましょう。
 建物の賃貸借契約では、借主は、契約が終了したら、借りた部屋を借りた時の状態に戻して、大家さんに返還する義務があります。これを、原状回復義務といいます。
 ただ、借りた時の状態に戻す義務というのは、借りた時の状態そっくりそのままに戻す義務ではありません。「借りた時の状態に戻す義務」とは、借りた時に壊れたり汚れたりしていなかったのに、借主のミスで壊したり汚したりした部分があるときは、その部分について修理して元に戻す義務ということです。
 従って、借主の原状回復義務の範囲は、借主が自分のミスで壊したり汚したりした部分に限られます。
 これに対して、借主は、借主が普通に使うことによって壊れたり汚れたりした部分(通常損耗)や時間の経過によって自然に古くなって壊れたり汚れたりした部分(経年変化)を元に戻す義務はありません。
 通常損耗や経年変化の修理費は、毎月大家さんが借主から受け取っている賃料に含まれているので、通常損耗や経年変化を元に戻す作業は、法律上、原則として大家さんがやるべきことなのです。
 汚れてはいないけど、長期間の使用で日焼けした畳表や壁紙、家具や電気製品を設置したことによる床やカーペットのへこみや、テレビや冷蔵庫などの後部の壁の黒ずみ、耐用年限到来による設備機器の故障、使用不能、破損、鍵の紛失などがないにもかかわらず行なわれる鍵の取替えなどは、すべて通常損耗や経年変化にあたりますので、借主の原状回復義務には含まれません。

 この法律上の原則によると、上記の(3)、(4)及び(5)は当然大家さんの負担です。これに対して、上記の(2)は退去した入居者の負担です。残りの(1)ですが、借主がコーヒーをかけてシミをつけた壁一面の壁紙の張替え費用だけが借主の負担となり、ほかの部分の壁紙の張替え費用は大家さんの負担です。結局、大家さんは、このケースで110,000円のリフォーム費用を負担することになります。
 しかし、賃貸借契約書にちょっとした特約を記載するだけで、この110,000円のうち60,000円を借主に負担させることができます。

 その特約は、こんな内容です。
【特約】
下記の通常損耗や経年変化の修理費用は、入居者の負担とします
1.明け渡し後の貸室全体のクリーニング費用 30,000円
2.鍵の交換費用 20,000円
3.台所及びトイレの消毒費用 10,000円

 少し長くなってしまいましたので、この特約の注意点は、次回にお話しします。

※本コンテンツの内容は、記事掲載時点の情報に基づき作成されております。

大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士

銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/

平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。