賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
家賃滞納があった場合の大家さんの損失
「今年の冬は暖かいな。」と思っていたら、突如寒波が訪れ、いつもどおり寒い冬になりました。
この時期は、まだお正月明け間もないという事もあって、あまり建物賃貸借契約の終了や明渡しはありませんので、トラブルの相談も少なくなります。
あと1ヶ月もすると、貸す側も借りる側も活発に動き始めますので、さまざまな相談が持ち込まれますが、今のところ、アドバイスに取り上げるような興味深い相談は、見当たりません。
そんな中、来週の水曜日は、久しぶりに建物明渡しの強制執行に行ってきます。
この事件は、賃料の滞納を理由として賃貸借契約を解除し、貸している建物の明渡し訴訟を提起したものであり、昨年の12月中旬に明渡しを命じる判決が出て、年末にこの判決が確定しました。
昨年9月に解除通知を出したのですが、解除後に入居者から、「滞納している家賃を全額払うから、このまま居住させてほしい。」という申し入れがありました。
しかし、大家さんは、この入居者が信頼できない人なので、この際出ていってほしいと考えていました。
そもそも、家賃を払うのは当然のことですから、このまま居させてくれるなら滞納している家賃を払うというのは、虫が良すぎます。まず、滞納している家賃を全部払ってから、「今後もちゃんと払うから、このまま居させてほしい。」というのが筋です。
このような虫のいい申し出をしてくる入居者は、大家さんの言うとおり信頼のできないので、大家さんの了解を得てこの申し出を断り、直ちに建物の明渡しを求める訴訟を起こしました。
この訴訟では、入居者(被告)に弁護士がつきましたが、たとえ入居者に弁護士がついていても、家賃を払わなかったために契約を解除されたという事実は争いようがないので、アッと言う間に明け渡しを命じる判決が出てしまいました。
ただ、アッという間とはいっても、訴え提起から判決確定までに3ヶ月半かかっています。前にもお話ししたかもしれませんが、通常の民事訴訟では、原則として訴えを提起してから1か月以内に第1回口頭弁論期日が開かれます。
しかし、被告は、答弁書と言う書類さえ出しておけば、第1回口頭弁論期日を欠席することができます。しかも、答弁書は、次の5行だけを書いておけば足ります。
第1 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第2 請求の原因に対する認否及び反論
追って主張する。
裁判所は、この答弁書が提出されると、第2回口頭弁論期日を指定せざるを得ません。通常は、裁判の期日は1ヵ月に1回のペースで開かれますので、第2回口頭弁論期日は、第1回口頭弁論期日の1ヶ月後になります。この結果、訴えを提起してから2ヶ月が経過してしまうことになります。
しかし、先ほどお話ししましたように、家賃を払わなかったために契約を解除されたという事実は争いようがないので、第2回口頭弁論期日には、審理する必要のあるような反論は出ません。当然、裁判所は、審理を終了して、判決期日を指定します。このようなケースでは、だいたい2週間後くらいに判決となります。そして、この判決が被告に送達されてから2週間後に、控訴期間が終了し、判決が確定するのです。
このように、訴え提起から判決確定までに3ヶ月半かかるのは、民事訴訟法上、やむを得ないことなのです。
裁判所は、原則として3ヶ月分の家賃滞納がないと解除を認めませんから、結局、家賃滞納開始から判決確定までで、早くても6ヶ月から6ヶ月半の時間が経過し、この間の家賃がまず大家さんの損失となります。
さて、強制執行の話に戻りますが、弁護士が悩むのが、強制執行をするかしないかです。後でお話ししますが、強制執行にはかなりのお金がかかります。もちろん、このお金は、法律上は入居者に請求できますが、家賃も払えない入居者ですから、きちんとした連帯保証人でもいない限り、請求しても回収できないことが多いのです。ですから、強制執行をせずに出て行ってもらった方が大家さんにとっては得なのです。
また、本件では、年明けに、入居者の弁護士から、1月末に出る予定で動いていますという連絡もありました。
しかし、私の経験では、裁判所で、いつまでに明け渡すか、未払いの賃料をどう払うかということについて、誠実に話をしないような入居者は、まず居座ります。
また、「・・・予定で動いています。」という表現は、翻訳すると、「動いていますが、まだ何も決まっていません。」ということです。まず実行されないと考えてよいでしょう。
そこで、私は、大家さんの了解を得て、建物明渡しの強制執行の手続きを開始しました。
建物明渡しの強制執行は、2回に分けて行われます。第1回目は、執行官が建物を訪れ、強制的に建物内に入り、建物の使用状況を確認し、建物内に差押えの貼紙をします。その上で、本当に荷物を運び出して建物を空にする日(これを断行日といいます。)を予告します。
ここまでで、少なくとも85,000円程度のお金がかかります。内訳は、強制執行の申立時に裁判所に収める予納金が65,000円、執行補助業者の立会い費用に20,000円です。執行補助業者と言うのは、第2回目の強制執行明け渡しの本番の際に、荷物の運び出しや輸送・保管を行う業者です。執行補助業者は、第1回目の強制執行の際に、執行官とともに建物内に入り、家財道具の量などを確認し、手配する作業員の数や車両の数を予想して見積もりを出すのです。
さらに、もし、鍵を換えられているような場合は、鍵屋さんも呼びます。建物明け渡しの強制執行では、執行官は、入居者の承諾の有無にかかわらず建物内に入れますが、入居者が不在で合鍵がない場合や、入居者が鍵を替えてしまっているような場合は、鍵屋さんに開けてもらい、建物内に入るのです。この鍵屋さんの費用は、20,0000円から30,0000円です。
これだけのお金をかけて第1回目の執行は行われるのです。
来週水曜日の第1回目の執行はどうなるか。その様子は、次回ご報告します。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。