賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
120年ぶりの民法改正間近No.1
でも、敷金や原状回復の実務には影響なし!
民法改正法案が今国会に提出される予定です。120年ぶりの大改正ということで、改正民法が施行されると、法律事務にはさまざまな影響が出てくることが予想されます。
このためネット上では、早くもいろいろなデマが囁かれています。
その中には、このアドバイスのテーマであるアパートマンション経営に関連して、敷金や原状回復義務についての民法の規定が改正され、「入居者に有利になる。」とか「トラブルが少なくなる。」と言ったものが見受けられます。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
まず、敷金について、法務省が出している民法改正案の要綱を見てみましょう。
敷金については、現行の借地借家法や民法には、何の規定もありません。
このため、敷金についての実務は、個々の契約条項と裁判例によって作られてきたと言えます。
概要を説明すると、次のようになっています。
敷金とは、借主が家賃その他の支払いができなくなったときに備えて、大家さんが借主から預かるお金です。「支払いができなくなったときに備えて」というのは、借主が支払えないお金を、その敷金から差し引いてよいという意味です。
賃貸借契約書には、敷金について次のような条項があるのが普通です。
「甲(賃貸人)は、本物件の明渡しがあったときは、遅滞なく、敷金の全額を無利息で乙(借主)に返還しなければならない。」
この条項によれば、大家さんは、「本物件の明渡しがあったとき」、「遅滞なく」敷金を返還すればよいことになります。
また、賃貸借契約書には、次のような条項があるはずです。
「乙は本物件を明渡すまでの間、敷金をもって賃料、共益費その他の債務と相殺することができない。」
この条項によれば、借主は、家賃を延滞したときに、敷金から差し引くことを求めることはできません。
ポイントは、次の3点です。
【1】借主が支払えないお金を、その敷金から差し引いてよい
【2】大家さんは、「本物件の明渡しがあったとき」、「遅滞なく」敷金を返還すればよい
【3】借主は、家賃を延滞したときに、敷金から差し引くことを求めることはできない。
では、改正案の内容はどうなっているでしょうか。
1.
賃貸人は、敷金(いかなる名義をもってするかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
ア 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。
イ 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
2.
賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。
この改正案要綱では、
(1)まず、「賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる」としています。
(2)次に、敷金の返還時期について、「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」としています。この「賃貸物の返還を受けたとき」とは、返還と引き換えにという意味ではなく、返還を受けた後にという意味です。
(3)そして、「賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。」としています。
先ほど説明した【1】から【3】の実務のポイントと上記の改正規定(1)から(3)の内容を比較すると、特に違いはありません。結局、改正規定は、単にいままでの実務を明文化したにすぎません。
原状回復義務についての改正案については、少し長くなりますので、次回にご説明します。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。