賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
退去した入居者から家賃の返還請求が来た!大家さんの修繕義務と家賃の減額
長かった梅雨が明けて、いよいよ夏本番。今年の夏も、去年ほどではないにしても、やっぱり猛暑。熱中症には気をつけたいものです。
さて、今回は大家さんの修繕義務と家賃の関係です。
先日、大家さんのAさんから、「1ヶ月前に退去した入居者から、雨漏りを修理してくれなかったから、家賃の10パーセントの2年分を返還して欲しいと言われていますが、返還する必要があるのでしょうか。」という相談がありました。
Aさんは、都内に部屋数20室のマンションを1棟所有し、賃貸経営をしていますが、2年ほど前に、その中の1部屋で雨漏りがありました。入居者のBさんから雨漏りの連絡があったので、AさんがBさんの部屋の中を見に行ったところ、確かに雨漏りしており、リビングの壁にシミができていました。
Aさんは、直ぐに修理の手配をしようとしましたが、Bさんから、「今は子供が生まれたばかりなので、工事はもう少し先にして欲しい。」と言われ、そのままになっていました。
Aさんとしては、Bさんからの連絡を待っていたのですが、それからBさんが退去するまで、何も連絡はありませんでした。
Aさんは、Bさんの退去の立ち会いをしておらず、Bさんが退去した後に部屋に入ったところ、雨漏りの跡はかなり拡大していました。
まず、大家さんの修繕義務ですが、賃貸経営の法律Q&Aにも書いてあるとおり、次のような事情があれば、大家さんに修繕義務があります。
1.大家さんが契約上提供すべき設備であること
2.壊れたり汚れたりした原因が借主にないこと
3.壊れたり汚れたりしたことにより、建物の利用に支障があること
4.修繕が可能であること
このケースは、雨漏りによりリビングの壁紙にシミができており、それが徐々に拡大していたわけですから、上記の4つの事情があると言えます。
従って、Aさんは、雨漏り及びそれによって壁に出来たシミを修繕する義務がありました。
では、Aさんが雨漏り及びそれによって壁に出来たシミを修繕しなかった場合、Bさんは賃料の減額を請求できるでしょうか。
民法には、大家さんが修繕義務を履行しなかった場合について、入居者の賃料減額請求をストレートに認めた規定はありません。
しかし、民法には、次のような規定があります。
第611条第1項
賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。
詳しい法律論は割愛しますが、裁判所は、この規定を使って、大家さんが修繕義務を履行しない場合に、それによって入居者が部屋を使用できなくなった割合に応じて、入居者が賃料の減額請求をすることを認めています。
しかし、この賃料の減額請求には、いろいろと条件があります。
まず、賃料の減額請求は、大家さんが修繕義務を履行しないことによって、借りている部屋の使用収益に支障をきたしていることが必要です。
また、実際に支障をきたしている割合によって、減額できる金額も変わってきます。
Aさんのケースのように、リビングの壁にシミが出来た程度では、使用収益に支障をきたしていると言えるか疑問ですが、仮に言えるとしても、減額の割合は5パーセント程度ではないでしょうか。
また、賃料の減額が認められるためには、きちんと大家さんに減額請求の意思表示をすることが必要です。
ある裁判例では、入居者が雨漏りの修繕をするように大家さんに要求していたが、その後、何年にもわたって家賃の減額請求をすることなく契約どおり家賃を支払っていたという事案で、家賃の減額請求をするまでの期間の減額を認めませんでした。
こうした裁判所の考え方からすると、Bさんの請求が認められる可能性は低いのではないかと思います。
ちなみに、Aさんとしては、最初に雨漏りを確認したときに、修理工事をしたかったそうです。雨漏りをそのまま放置すると、Aさんの大事な資産である建物が傷んでしまうからです。
このような場合、大家さんは、入居者が拒否しても、貸している部屋の修理をすることができます。これは、民法にも明確に定められており、「賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは、賃借人は、これを拒むことができない。」とされています(民法606条第2項)。
具体的に、どのような手順を踏んで修繕を実行するかは、賃貸経営の法律Q&Aに書いてありますので、参考にしてください。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。