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令和2年4月1日以降の賃貸借契約更新時に連帯保証契約の極度額の定めは必要か?民法改正と賃貸借契約の連帯保証人の責任
新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
今年もすでに4週間近くが過ぎましたので、「新年明けましておめでとうございます。」というのも違和感がありますが、今年最初のコラムなので、新年のご挨拶をさせていただきました。
さて、今年の4月1日から、いよいよ民法の改正法が施行されます。
今回の民法改正は、建物の賃貸借契約にも重大な影響があり、改正法施行を前に、大家さんを対象とした書籍の刊行やセミナーの開催が盛んに行われています。
今回の民法改正の中で、建物の賃貸借契約に最も重大な影響があるのは、何と言っても賃貸借契約の連帯保証人の責任に関する規定の改正です。
このコラムが始まった頃の2014年12月のコラムで、賃貸借契約の連帯保証人の責任がいかに過酷なものか説明しました。
建物の賃貸借契約の借主の連帯保証人になった場合、借主が家賃を滞納して契約を解除されると、連帯保証人は、延滞賃料、解除後の賃料相当損害金、明け渡しの強制執行の費用、明け渡し後の原状回復費用など、借主が負うべき債務の一切について、借主と同様に支払いをしなければなりません。
たとえば、賃料月額9万円のワンルームマンションの借主が、賃料を3ヶ月滞納して契約を解除されたにもかかわらず、退去せずに明渡訴訟を提起された場合、訴訟提起から判決の確定までに最短でも2ヶ月程度はかかりますので、この間の滞納家賃及び解除後の賃料相当損害金は、少なくとも合計45万円(9万円×5ヶ月)となります。
もっとも、通常、建物の賃貸借契約書では、契約解除後の賃料相当損害金は、賃料の2倍と定められていることが多いので、このような定めがあると、滞納家賃及び解除後の賃料相当損害金は、合計63万円(9万円×3ヶ月+9万円×2×2ヶ月)となります。
さらに、明け渡しを命じる判決が確定しても借主が明け渡しをしない場合には、強制執行となりますので、この強制執行の費用(執行官に支払う費用や執行業者に支払う費用)が、ワンルームマンションの場合は少なくとも30万円程度はかかります。また、判決確定から強制執行の終了まで、早くても2ヶ月程度はかかり、この間も、賃料の2倍の賃料相当損害金36万円(9万円×2×2ヶ月)がかかります。
加えて、もし室内の汚損が激しかった場合は、多額の原状回復費用を請求されます。仮に、この原状回復費用が30万円であるとすると、最終的に連帯保証人が支払義務を負う金額は、合計159万円(63万円+30万円+36万円+30万円)となります。
もちろん、これは、訴訟提起から強制執行完了までが最速で行われた、また、室内にある借主の家財道具が少なかった場合です。訴訟提起から強制執行完了までの期間が長く、また、室内の借主の荷物が沢山あり、執行費用が高額となった場合は、連帯保証人が支払うべき債務は、この2倍にも3倍にもなる可能性があります。
このように、建物の賃貸借契約における連帯保証人の責任は、連帯保証人に何も落ち度がなくても、どんどん増えていくことがあり、連帯保証人には、これを阻止する術がありません。これは、たとえ自ら連帯保証人となることを了解したとはいえ、連帯保証人に酷というほかありません。
そこで、民法の改正法では、個人が建物賃貸借契約の連帯保証人になる場合には、極度額(連帯保証人が支払義務を負う限度額)を書面等で定めなければ、その連帯保証契約は無効になるとして、連帯保証人の責任に歯止めをかけました。
この民法の改正法が、今年の4月1日から施行されるため、今、大家さんは、主に次の2点で悩んでいます。
① 極度額をいくらにしたらいいか。
② 今年の4月1日以降に賃貸借契約を更新する場合、連帯保証人の責任について、極度額の定めをしなければならないか。
まず、①ですが、法律上は、特に規定はありません。極端に多額でない限り、いくらとしても良いのですが、あまり大きい金額となると、連帯保証人になろうとする人が尻込みしてしまい、連帯保証人を確保できなくなる恐れがあります。
ネット上の記事などを見ると、賃料の12ヶ月分から24ヶ月分までの間が多いようですが、賃料滞納で契約を解除して明け渡しを求める場合に想定される損害あるいは費用は、おおよそ次のとおりですから、大家さんとしては、賃料の24ヶ月分は確保したいところです。
滞納家賃 4ヶ月分
賃料相当損害金 賃料の12ヶ月分(解除から明け渡し完了までを6ヶ月とした場合)
執行費用 賃料の6ヶ月分
原状回復費用 賃料の2ヶ月分(敷金で賄えない部分)
次に、②ですが、上記の民法の改正法が適用されるのは、令和2年4月1日以降に締結された連帯保証契約ですが、この日以降に、既存の普通建物賃貸借契約が更新される場合、更新前の普通建物賃貸借契約の締結時に締結した連帯保証契約についても、極度額を定める必要があるでしょうか。
この点については、いろいろ意見がありますが、まず、普通建物賃貸借契約が法定更新となった場合は、連帯保証契約について特に新たな合意があるわけではありませんので、新法の適用はありません。
また、普通建物賃貸借契約が合意によって更新された場合でも、改めて連帯保証契約を締結したような場合を除いて、極度額を定める必要はないという意見が多数派です。
この問題は、借地借家法の適用のある普通建物賃貸借契約において、契約の更新とは新しい契約を締結することなのか?という理論的な問題にかかわってきます。
もし更新を新しい契約を締結することだと考えると、更新前の普通賃貸借契約を対象として締結された連帯保証契約も一旦終了し、新しい連帯保証契約を締結することになります。
従って、令和2年4月1日以降に普通賃貸借契約が更新された場合には、新たに連帯保証契約を締結し直す必要がありますので、その際、民法の改正法が適用されることになり、極度額を定めなければならなくなります。
しかし、契約の更新は新しい契約を締結するものではなく、あくまで更新前の契約が同一性をもって続いていくのだと考えると、更新前の普通賃貸借契約を対象として締結された連帯保証契約も同一性をもって継続していくこととなり、新たに契約を締結する必要はありません。
従って、令和2年4月1日以降に既存の普通賃貸借契約が更新された場合でも、新たに連帯保証契約を締結するわけではないので、民法の改正法は適用されません。
この点について、学説は、借地借家法の適用を受ける普通建物賃貸借は、更新の前後によって同一性を失わず、更新前の賃貸借についての担保や保証人の責任は、更新後の賃貸借にも及ぶとするのが通説です。
また、最高裁判所平成9年11月13日第1小法廷判決は、「期間の定めのある建物の賃貸借において、賃借人のために保証人が賃貸人との間で保証契約を締結した場合には、反対の趣旨をうかがわせるような特段の事情がない限り、保証人が更新後の賃貸借から生じる賃借人の債務についても保証の責を負う趣旨で合意されたものと解するのが相当」という判断をしており、上記の通説と結論をとっています。
この通説や判例の考え方によると、令和2年4月1日以降に既存の普通建物賃貸借契約が更新された場合でも、新たに連帯保証契約を締結するわけではないので、民法の改正法は適用されないことになります。
もっとも、経済産業省は、令和2年4月1日以降に、既存の普通建物賃貸借契約が合意により更新され、その際、連帯保証契約も合意により更新されると、民法の改正法が適用されるとしています。
この経済産業省の考え方によると、令和2年4月1日以降に、既存の普通建物賃貸借契約を合意により更新する場合に、この更新合意書に連帯保証人が署名捺印すると、新法の適用を受ける可能性がありますので、注意が必要です。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。