賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
高齢入居者と賃貸借契約~高齢者用アパートの意欲的な取り組み
東京では、梅雨明け宣言がでた後、とても暑い日が続いていましたが、ここのところ、また雨や曇りの日が多くなっています。梅雨明け宣言は、早すぎたのではないでしょうか。
さて、今回は、高齢者用アパートのお話です。
最近私は、面白い本を読みました。その本は、地方の中古アパートを購入して高齢者用にリフォームした上、高齢者の親族及び介護事業者などと連携して、高齢者を積極的に入居させるというユニークな試みに取り組んでいる大家さんが、そのノウハウや苦心点を分かり易く書き下ろしたものでした。
読み終わったとき、この試みが一つのビジネスモデルとして普及すれば、大家さんにとっては空室対策に、また、高齢者や障害者にとっては、住居確保につながっていき、WinWinな話になるなと思いました。
ただ、この本では、高齢者を賃貸アパートに入居させることについての法律的なリスクについてはあまり検討されていなかったので、その点について少し考えてみたいと思います。
高齢者を賃貸アパートに入居させることについての法律的なリスクとしては、主に次のような点が考えられます。
①高齢入居者が賃貸借契約期間中に認知症やその他の理由によって介護が必要な状態になってしまった場合に、賃貸借契約の更新拒絶や解除ができるか。
②高齢入居者が孤独死して発見が遅れた場合、その結果生じた損害は、誰が負担するか。
③高齢入居者が亡くなった場合、賃貸借契約を終了させるにはどうしたらよいか。
①について
通常の借家契約の場合、更新拒絶には正当事由が必要ですが、認知症や要介護となったことだけでは正当事由となりません。
また、契約期間中の契約解除も、認知症や要介護となったことだけでは解除事由とはならず、認知症や要介護となったことによって実際に本人や周囲の人の生命や身体に危険があるとか貸室を正常に管理できないという具体的事情がなければ、契約を解除することはできません。
②について
高齢入居者が孤独死して、ご遺体の発見が遅れたような場合は、部屋の中はかなり酷い状態になりますので、警察や救急隊が来て大騒ぎとなり、近隣に知れ渡ってしまうもあります。こうなると、この部屋を次に借りる人には、この事実を告げなければなりません。これを秘密にして次の人に貸した場合、トラブルになる恐れがあります。
このような場合には、ある程度の期間高齢入居者が借りていた部屋を貸すことができなくなることがあり、大家さんは損害を受けます。
しかし、孤独死の原因が自殺ではなく病気の場合には、この損害を高齢入居者の相続人や連帯保証人に請求することはできません。病死の場合は、高齢入居者が故意あるいは過失その他通常の使用の範囲を超える使用によって貸室を汚損したとは言えないからです。
③について
孤独死に限らず、高齢入居者が亡くなっても、それだけでは契約は終了しません。当然のことながら、高齢入居者の家財道具は部屋に残っていますので、明け渡しも完了していません。
従って、大家さんは高齢入居者の相続人と交渉して契約を合意解除し、その上で、高齢入居者の相続人に家財道具を片づけてもらい、部屋を明け渡してもらいます。ここでやっと明け渡しが完了しますので、大家さんは、この時点までの家賃や原状回復費用を請求することができます。
ちなみに、亡くなった高齢入居者の家財道具を処分する権利は、相続人にしかありませんので、大家さんは、勝手に家財道具を部屋から撤去することはできません。
ただ、高齢入居者にもともと相続人がいない場合や高齢入居者の法定相続人が全員相続放棄をすると、大家さんは、契約の解除や部屋の明け渡しの交渉をする相手がいないことになります。このような場合は、相続財産管理人の選任を家庭裁判所に申し立てなければなりません。しかし、この手続きは簡単ではありませんので、弁護士などの専門家に相談することが必要になります。
このように、高齢者を賃貸アパートに入居させることには、かなりの法的なリスクがあります。
もちろん、この法的リスクは、大家さんが高齢者の親族及び介護事業者などと連携することによって、ある程度解消することはできます。
例えば、介護事業者が、定期的に高齢入居者が入居している部屋を訪れていれば、孤独を防いだり、不幸にして孤独死をしても、発見が遅れたりすることはありませんので、②のリスクは解消できるでしょう。
また、高齢入居者の親族と連絡を密にすれば、高齢入居者の認知症が進んだときに、契約の解除や明け渡しに関する相談をすることができます。
最初から高齢入居者の子供や兄弟に賃貸借契約の借主になってもらうという方法もあります。
こうした方法によって、①や③の問題を解消することが可能になります。
ただ、高齢者の中には、親族との繋がりがほとんどない方もかなりいらっしゃいます。また、高齢者とは言っても、身体能力や認知能力の衰えがあまり進んでいないかといらっしゃいます。
こうした方々の場合は、高齢者の親族及び介護事業者などと連携することは、困難であり、上記のような法的リスクの回避がうまくいきません。
ちょっと悲観的なことを書きましたが、高齢者の親族及び介護事業者などと連携することができる高齢者の方は沢山いますので、まずはその方たちを対象に、高齢者向け賃貸アパートのビジネスモデルが広まっていくとよいと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。