賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
知らないうちに敗訴判決!公示送達手続きの悪用?
仕事でときどき会う不動産業者の人に、「最近の不動産の相場はどうなっていますか?」と聞くと、「円安で、外国人が買っています。」とも言っていました。確かに、今年の1月ころは、1ドル115円程度だったのが、今は1ドル145円近くまで下落しています。単純計算すると、1億円の土地を買うのに、今年の1月ころは約87万ドル必要だったのが、今では約69万ドルあればいいわけですから、外国人にとって日本の不動産は、大バーゲンセールとなります。
少し落ち着いたかなと思われた不動産相場も、円安のために、また先行きが分からなくなりました。
今回は、公示送達手続きのお話です。
先日、こんな相談を受けました。
Xさんは、A市にある一戸建てに住民登録をしていますが、A市の隣のB市にあるマンションの一室(以下、「本件マンション」といいます。)を所有しており、そこに住んでいます。
Xさんは、いろいろ事情があって、本件マンションの管理組合とトラブルになり、管理費や修繕積立金を2年間ほど支払いませんでした。
本件マンションの管理組合の役員は、Xさんとの話し合いのために何度か本件マンションを訪れたことがあり、また、その役員には、Xさんの携帯電話の番号を教えてありました。
ところが、ある日、本件マンションについて競売の申立がされているということで、裁判所の職員らしい人が本件マンションに現れました。
Xさんが驚いてその裁判所の職員らしい人に聞いたところ、Xさんを被告として、未払いの管理費や修繕積立金の支払いを命ずる判決が確定しており、この判決に基づいて、本件マンションの競売が申し立てられたことが分かりました。
Xさんとしては、未払いの管理費や修繕積立金の支払いを請求する訴訟の呼び出しを受けたことはなく、もちろん判決があったこともその内容も知りません。
Xさんは、「どうしてこんな判決が出たのか納得がいかない。この判決を覆すことはできないのか。」と、憤慨していました。
Xさんの話が、すべて事実であるとすると、未払いの管理費や修繕積立金の支払いを請求する訴訟は、公示送達という手続きを利用して行われたのではないかと思います。
以前のコラムにも書きましたが、通常の民事訴訟では、裁判所が送った訴状や呼出状等(以下、「訴状等」といいます。)が被告に届いていなければ、被告となった人は、自分に対する訴訟が起きていること自体知らないのですから、訴訟自体を開くことができません。ですから、裁判所は、判決を下すこともできません。
ただ、裁判所から送られてきた訴状等を被告が受け取らなくても、裁判所にとっては被告に訴状等が届いたことになる場合があります。
その一つが、公示送達手続による「送達」です。
裁判所が訴状等を被告に送ることを「送達」と呼びますが、この送達は、通常、裁判所から郵便局に書類を渡し、郵便集配員が配達する方法で行われます。この場合、原則として被告が受領印を押して受け取ることが必要です。
しかし、行方が分からない被告については、住所地に訴状を送達しても、被告の受領印をもらうことはできません。
このような場合、公示送達手続を取ります。
では、どんな場合に、公示送達が認められるのでしょうか。
生活の本拠として使用している場所(住所)、生活の本拠とまでは言えないが、相当期間にわたって継続居住している場所(居所)、勤務先などの働いている場所(就業場所)のどれもわからない場合で、元の住所や勤務先と思われる場所を適切に調査しても、住所、居所、就業場所がわからない場合に、公示送達が認められます。
通常の訴訟では、次のような流れで、公示送達の申請をします。
まず、被告の行方が分からない場合、原告の弁護士は、行方の分からない人の最後の住民票所在地、住民票所在地が分からないときは、原告が知っている被告の住所地あるいは居所を被告住所地とする訴状を提出します。
裁判所は、その被告住所地に訴状を送りますが、当然のことながら、そこには、被告の家はなく、訴状は、宛所なしで戻ってきます。
すると、裁判所から、原告の弁護士に対し、訴状が宛所なしで戻ってきたという連絡が来ますので、原告の弁護士は、現地を調査して、公示送達の条件を満たすようならば、公示送達を申請すると回答します。
その上で、原告の弁護士は、自ら、あるいは他の者(勤務弁護士、事務スタッフ、調査会社)に依頼して、現地を調査します。対象となっている家の状況(電気、ガス等の使用状況、郵便受けの状況など)を調査したり、近所の聞き込みをしたりして、その家に被告がいないこと及び転居先が不明であることを確認し、これらの事情を報告書にまとめ、公示送達の申請とともに、裁判所に提出します。
裁判所は、原告の弁護士が提出した報告書などから公示送達の条件を満たしていると判断した場合は、公示送達を認めることを決定し、公示送達を行います。
では、一体、公示送達とは何をするのでしょうか。
それは、単に、裁判所の掲示板に掲示するだけです。
裁判所に行って、入口のあたりを見ると、ガラス張りの掲示板があり、そこに、何かの書類が、いくつも掲示されています。その書類の全部ではありませんが、一部に、被告に対して、裁判を起こされているから、裁判所に出頭してくださいということが書かれた書類があります。これが、公示送達なのです。
ですから、偶然被告やその知り合いが裁判所の前を通りかかり、被告に対する公示送達の書類を見つけるという奇跡が起きない限り、被告が公示送達に気付くことはありません。
公示送達では、裁判所の掲示板に掲示された日から2週間すると、訴状の送達があったこととなり、訴訟を始めることができるようになります。
この結果、被告の知らないうちに、訴訟が行われ、判決が下されることになります。
そして、この判決も、公示送達により被告に送達されますので、上訴期間(控訴なら、判決送達の翌日から2週間)が経過すると確定してしまいます。
Xさんは、A市にある一戸建てに住民登録をしていますが、B市にある本件マンションに住んでいますので、空き家となっているA市の一戸建てを被告住所地として訴状を送れば、公示送達に持ち込むことは不可能ではありません。
しかし、Xさんが管理費や修繕積立金を支払っていないのは事実ですから、Xさんが出廷しても、管理組合が敗訴することはないはずです。ですから、Xさんが本件マンションに住んでいることやXさんの携帯の電話番号を知っている管理組合が、裁判所にそれを隠して、公示送達をするメリットはないように思います。
また、裁判所も、本件マンションの管理費や修繕費についての請求訴訟ですから、本件マンションに被告が住んでいないかどうかを確認するように、原告の弁護士に指示すると思います。
さらに、こうした事案では、結局、被告が訴状を受領していながら、放置していたということもよくあります。
いずれにせよ、私は、Xさんに対して、Xさんを被告として未払いの管理費や修繕積立金の支払いを命ずる判決を下した裁判所に行き、訴状の送達がどのように行われたか聞いてくるようにアドバイスしました。
もし、訴状の被告住所地がA市にある一戸建てであり、その訴状が被告に届かなかったとして公示送達による送達が行われていたならば、ちょっと問題のある事案かもしれません。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。