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賃貸経営の法律Q&A

賃貸経営の法律Q&A

賃貸経営の法律
Q&A

弁護士
銀座第一法律事務所
大谷 郁夫

賃貸経営に関する法律について、現在、賃貸経営を営まれている方はもちろんこれから賃貸経営を始めようとお考えの方に知っていただきたいポイントをわかりやすく解説しています。

賃貸経営に関する法律をQ&A形式で解説しています。

修繕義務

Q
借主から、「お風呂の電球が切れたので、取り替えてほしい。」と言われましたが、取り替えるのが遅れてしまい、借主が自分で電球を買って取り替えました。この場合、電球の代金は誰が負担するのですか。もともと設置してあった電球が普通の電球であったのに、借主が高価なLED電球を設置した場合はどうでしょうか。
A
1.大家さんの修繕義務とは?

賃貸借契約は、物を貸して賃料をもらうことを約束する契約です。
物を貸すというのは、物をきちんと使える状態で提供することが前提ですから、貸主は、貸した物が壊れて使用に支障が生じた場合には、貸した物を修繕しなければなりません(民法606条1項)。これを、貸主の修繕義務といいます。
従って、建物の賃貸借契約においても、大家さんは、建物自体やその設備が壊れたり、汚れたりしたときは、修繕する義務を負います。

2.大家さんはどんな場合に修繕義務を負うか?

もっとも、大家さんは、建物自体や設備が壊れたり、汚れたりしたときに、常に修繕義務を負うわけではありません。大家さんが修繕義務を負うのは、次のような条件にあてはまる場合です。

  1. 大家さんが契約上、提供すべき設備であること
  2. 壊れたり汚れたりした原因が借主にないこと
  3. 壊れたり汚れたりしたことにより、建物の利用に支障があること
  4. 修繕が可能であること

3.設問の事案の場合

「お風呂の電球」は大家さんが提供すべき設備であり、また、「切れた。」というのは、いわゆる寿命が来ただけですから、借主が原因で壊れたわけではありません。
また、「お風呂の電球が切れた」場合は、夜間お風呂に入ることが困難となりますので、建物の使用に支障が生じているといえます。
そして、電球と取り換えることは容易ですから、修繕も可能です。
このように、この事案では、上記2の1.から4.までの条件にあてはまりますので、大家さんに修繕義務があります。
この事案では、借主が自分で電球を買って取り替えてしまいましたので、大家さんの修繕義務はなくなりましたが、借主は、大家さんに、借主が支払った費用(電球の代金)を請求できます。これを、必要費償還請求権といいます。

4.大家さんはどこまで修繕義務を負うか?

大家さんの修繕義務の範囲は、もともと設置してあった設備と同様の状態に戻すところまでであり、より品質のいいものや快適なものにする義務はありません。
従って、借主が普通の電球ではなく高価なLED電球を設置したとしても、その費用を負担する義務はないものと考えます。

Q
電球や網戸などの修繕義務を免れる方法はありますか。
A
1.修繕義務を免れる特約は有効か?

大家さんは、建物自体や設備が壊れたり、汚れたりした場合、次の条件にあてはまるときは、借主に対して修繕義務を負います。

  1. 大家さんが契約上、提供すべき設備であること
  2. 壊れたり汚れたりした原因が借主にないこと
  3. 壊れたり汚れたりしたことにより、建物の利用に支障があること
  4. 修繕が可能であること

しかし、大家さんは、賃貸借契約書に修繕費用は借主の負担とする旨の特約を記載することによって、修繕義務の一部を免れることができます。このような特約は有効です。

2.特約により修繕義務を免れることができる範囲は?

修繕費用を借主の負担とする旨の特約を契約書に記載する場合でも、全ての修繕費用を借主の負担とすることはできません。
借主に負担させることができるのは、あくまで日常的な使用によって発生する破損などであり、しかも少額なものに限られます。具体例としては、電球の取り替え、襖や障子の張り替え、畳替え、網戸の穴の補修などです。
これに対して、大きな破損の修繕は、特約によっても借主の負担とすることはできません。たとえば、壁紙の張り替え、雨漏りの修理、配管の取り替えなどです。
また、入口のドアの鍵の取替えなど小修繕にはいるのか大きな修繕にはいるのか微妙なものもあり、借主との間で修繕義務を巡ったトラブルとなるおそれもあります。
従って、修繕費用を借主の負担とする旨の特約は、単に「小修繕は借主の負担とする。」と抽象的に書くのではなく、借主が修繕費を負担する設備を具体的に列挙した小修繕一覧表を契約書に添付し、借主が費用を負担する小修繕の内容を契約時に具体的に分かるようにしておくとよいでしょう。
ただし、この特約は、小修繕について、大家さんに修繕義務がなくなり、たとえ借主が修繕をしても、大家さんは費用を支払わなくてよいという意味しかありません。この特約によって、借主は、襖や障子の張り替えをしたり、畳替えをしたりする義務を負うわけではありません。
また、このような特約は、大家さんに有利な特約であり、借主に特別な負担をさせるものですから、契約前に借主にきちんと説明し、借主に十分理解してもらうことが必要です。

3.特約の具体的な記載方法は?

具体的には、次のように記載するといいでしょう。
「乙(賃借人)は、下記のような軽微な修繕について、甲(賃貸人)の承諾を得ることなく、乙(賃借人)の負担において行なうことができ、甲(賃貸人)は修繕義務を負いません。」

  1. 障子紙の貼り替え
  2. 襖紙の貼り替え
  3. 網戸の貼り替え
  4. 換気扇・エアコンのクリーニング
  5. 電球・蛍光灯の取り替え
  6. ヒューズの取り替え
  7. 給水栓の取り替え
  8. 排水栓の取り替え

東京都内にあるアパートやマンションの場合には、東京ルールを考慮して、次の一文をつけておくと安心です。
「これらの修繕は、本来甲(賃貸人)が負担すべきものですが、乙(賃借人)にご負担をお願いするために、特約として記載しています。」

Q
借主から、入居直後に「台所の給水栓が壊れているから直してほしい。」と言われました。入居前に確認した際には壊れていませんでしたので、借主が壊したのではないかと思いますが、直さなければなりませんか。
A
1.借主が壊した設備は、修繕しなくてもよい。

建物の賃貸借において、建物が壊れたり汚れたりした原因が借主にある場合は、大家さんは修繕義務を負いません。
もう少し正確に説明すると、借主の責めに帰すべき事由により建物やその設備が汚損した場合は、貸主に修繕義務はありません。
借主の責めに帰すべき事由とは、借主の故意または過失及びこれと同視すべき事由であり、同居している借主の家族の故意や過失も含まれます。
従って、借主や同居している借主の家族の故意または過失によって建物やその設備が汚損した場合は、貸主である大家さんには、修繕義務はありません。
従って、この事案でも、本当に借主が台所の給水栓を壊したのであれば、大家さんに修繕義務はないことになります。

2.借主の責めに帰すべき事由は大家さんが証明する。

借主との交渉中はもちろん、裁判においても、借主の責めに帰すべき事由の立証責任は、大家さん側にあります。
つまり、大家さんとしては、借主や借主の家族が、故意または過失で給水栓を壊したことを立証しなければならないのです。
しかし、このような立証は極めて困難と言ってよいでしょう。この事案では、「入居前に確認した際には壊れていませんでした。」とありますが、この事実自体、大家さんと借主が一緒に立ち会って確認しないかぎり、なかなか立証できません。大家さんが1人で貸室に入って点検したことを述べるだけでは、立証としては極めて不十分です。
また、仮に上記の点が立証できたとしても、その時点では壊れていなかったというだけであり、その後、老朽化が原因で壊れたかもしれません。
恐らく、借主の入居前に給水栓を交換しており新品である、大家さんと借主が入居前に一緒に立ち会って給水栓が壊れていないことを確認した、などの事情がない限り、借主や借主の家族が、故意または過失で給水栓を壊したことを立証することはできないでしょう。
従って、この事案では、大家さんは、原則として修繕義務を免れません。

Q
地震のために建物が歪み、室内の建具が完全には閉まらなくなりました。もともと古い建物のため、この歪みを直すには建替えるのと同じ費用がかかります。この場合、修繕義務がありますか。
A
1.大家さんが修繕義務を負う場合

大家さんは、建物自体や設備が壊れたり、汚れたりした場合、次の条件にあてはまるときは、借主に対して修繕義務を負います。

  1. 大家さんが契約上、提供すべき設備であること
  2. 壊れたり汚れたりした原因が借主にないこと
  3. 壊れたり汚れたりしたことにより、建物の利用に支障があること
  4. 修繕が可能であること

2.設問の事案では修繕義務はない。

老朽化した建物の場合、借主が入居した後に、地震によって建物全体が歪んでしまい、きちんと閉まらない襖があるなどという事態が生まれることがあります。
また、台風で屋根が飛んだり、壁の一部が壊れたりするというケースもあります。余談ですが、私が学生の頃、友人の住んでいたアパートの屋根が台風の強風のために飛んでしまい、台風が通り過ぎた後、部屋から星空が見えるようになったということがありました。
このような場合は、1.大家さんが提供すべき設備が、2.地震によって壊れ、3.借主の建物の使用に支障が生じており、4.修繕が可能である、と言えますから、原則として大家さんに修繕義務があります。
もっとも、上記4.の「修繕が可能である」かどうかは、単に物理的な可能性だけでなく、経済的な可能性も加味してよいものとされています。分かりやすく言えば、物理的には可能でも、あまりにも多額の費用がかかる場合には、経済的には「修繕が可能である」とは言えないということです。
すなわち、老朽化した建物の場合、地震で発生した歪みを修繕すると言っても簡単ではなく、ほとんど建て替えるのに等しい多額の費用がかかることがあります。それにもかかわらず、大家さんに修繕しろというのは、大家さんに酷です。このため、裁判所は、老朽化した建物の修繕に関して、建て替えるのに等しい多額の費用が掛かる場合は、たとえ物理的に修繕が可能でも、経済的には修繕不可能な状態になっているとして、大家さんの修繕義務を否定しているのです。 したがって、上記の事案のように「建物の歪みを直すには建替えるのと同じ費用がかかる。」という場合には、大家さんの修繕義務は否定されます。

3.更新拒絶又は解約申入れも可能

古い建物が地震などにより破損し、修繕に多額の費用がかかる場合には、修繕義務が否定されるだけでなく、少額の立退き料を提供するだけで、大家さんの更新拒絶や解約申入れに正当事由が認められることがあります。

Q
借主から、「入居してから長期間経過して壁紙が古くなって汚いので張り替えてほしい。」と言われました。張り替えなければなりませんか。
A
1.大家さんが修繕義務を負う場合

大家さんは、建物自体や設備が壊れたり、汚れたりした場合、次の条件にあてはまるときは、借主に対して修繕義務を負います。

  1. 大家さんが契約上、提供すべき設備であること
  2. 壊れたり汚れたりした原因が借主にないこと
  3. 壊れたり汚れたりしたことにより、建物の利用に支障があること
  4. 修繕が可能であること

2.設問の事案では、張替え義務はない。

壁紙は、大家さんが貸している部屋の壁と一体となっているものですから、1.大家さんが契約上、提供すべき設備にあたります。
また、「入居してから長期間経過して壁紙が古くなった」のですから、2.壊れたり汚れたりした原因が借主にないことも明らかです。
しかし、単に「古くなって汚い」と言うだけですから、3.壊れたり汚れたりしたことにより、建物の利用に支障がある場合には当たりません。壁紙が古くなって剥げ落ち始めたという場合であれば、建物の利用に支障があると言えますが、程度にもよりますが、単に汚いというだけでは、建物の利用に支障があるとは言えないでしょう。 従って、大家さんは、壁紙を張り替える義務はありません。

Q
借主から、「故障はしていないが、家賃が同じ隣の部屋のエアコンが新品なので、自分の部屋のエアコンも新品に取り換えてほしい。」と言われました。取り替えなければなりませんか。
A
1.大家さんが修繕義務を負う場合

大家さんは、建物自体や設備が壊れたり、汚れたりした場合、次の条件にあてはまるときは、借主に対して修繕義務を負います。

  1. 大家さんが契約上、提供すべき設備であること
  2. 壊れたり汚れたりした原因が借主にないこと
  3. 壊れたり汚れたりしたことにより、建物の利用に支障があること
  4. 修繕が可能であること
2.設問の事案の場合はケースバイケース

まず、エアコンの設置を大家さんが契約上、提供すべき設備かどうかについて、契約書などで確認する必要があります。
契約書に書かれていなくても、大家さんが口頭で約束していれば、大家さんにエアコンの設置義務があります。この場合、エアコンは、大家さんが契約上、提供すべき設備です。
しかし、そもそもこのエアコンは故障していないので、修繕義務の対象とはなりません。たとえ賃料が同じ隣の部屋のエアコンが新品でも、結論は同じです。
ただし、契約書に、新品のエアコンを設置することが記載してあるとか、大家さんが借主に約束したという場合は、新品のエアコンに取り替えなければなりません。

Q
借主から、「入居後に気付いたが、フローリングに細かい傷があるので直してほしい。」と言われました。直さなければなりませんか。
A
1.大家さんが修繕義務を負う場合

大家さんは、建物自体や設備が壊れたり、汚れたりした場合、次の条件にあてはまるときは、借主に対して修繕義務を負います。

  1. 大家さんが契約上、提供すべき設備であること
  2. 壊れたり汚れたりした原因が借主にないこと
  3. 壊れたり汚れたりしたことにより、建物の利用に支障があること
  4. 修繕が可能であること
2.設問の事案では、修繕義務はない。

フローリングは、貸している部屋の一部ですから、1.大家さんが契約上、提供すべき設備です。
また、フローリングの傷の場合、入居時の立ち合いでは見過ごしてしまうこともありますので、大家さんとしては、借主が入居後につけた傷という明確な根拠はありません。2.壊れたり汚したりした原因が借主にないことという基準もクリアします。
しかし、フローリングに傷があっても、大きな傷でなければ借主の生活に支障をきたすことはありません。
従って、3.壊れたり汚れたりしたことにより、建物の利用に支障がある場合には当たりません。
従って、大家さんに修繕義務はありません。

Q
借主から「最近の賃貸では、温水洗浄便座が当たり前になってきたので、温水洗浄便座を設置してほしい。」と言われました。設置しなければなりませんか。
A
1.大家さんが修繕義務を負う場合

大家さんは、建物自体や設備が壊れたり、汚れたりした場合、次の条件にあてはまるときは、借主に対して修繕義務を負います。

  1. 大家さんが契約上、提供すべき設備であること
  2. 壊れたり汚れたりした原因が借主にないこと
  3. 壊れたり汚れたりしたことにより、建物の利用に支障があること
  4. 修繕が可能であること
2.設問の事案では、設置義務はない。

「最近の賃貸では、温水洗浄便座が当たり前になってきたので」という理由からすると、契約書には、温水洗浄便座を設置するという約束はなく、実際にも当初から設置されていなかったということです。
そうだとすると、そもそも温水洗浄便座の設置は大家さんの義務ではないので、1.大家さんが契約上、提供すべき設備とまではいえません。
従って、大家さんはこの要求を拒否してかまいません。この要求は、修繕義務とは無関係と言うことです。

3.造作買取請求権

では、もし、借主が、勝手にトイレの便器に温水洗浄便座を設置しようとしたら、大家さんはどうすべきでしょうか。
大家さんとしては、借主が勝手に温水洗浄便座を設置しようとしていることや、あるいは設置したことを知ったときは、直ちに、温水洗浄便座の設置を承諾していないという内容の文書を、借主に送って下さい。
そうしておかないと、この借主が退去するときに、この温水洗浄便座の買取りを請求される恐れがあります。借主のこのような権利を、「造作買取請求権」といいます(【Q 退去時に、借主から、「入居中に温水洗浄便座を取り付けたので、その費用を負担してほしい。」と言われました。負担しなければならないでしょうか。】参照)

Q
令和2年4月1日に施行された改正民法では、賃貸人の修繕義務について、どのような改正がありましたか。
A
賃貸人の修繕義務自体に、変更はありません。

一方、どのような場合であれば賃借人が賃貸人の修繕を待たずに修繕をしてもよいかが明記されました。

まず、改正前民法第606条第1項では、「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。」と定められていました。これを、賃貸人の修繕義務といいます。
どのような場合に賃借人が修繕義務を負うかについては、改正前民法についてのQ&Aに記載したとおりです。
これに対して、改正民法第606条第1項は、「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責に帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りではない。」と定め、賃借人の責に帰すべき事由によって修繕が必要になったときは、賃貸人は修繕義務を負わないことが明記しました。
もっとも、改正前民法についてのQ&Aに記載したとおり、改正前民法における実務でも、賃借人の責に帰すべき事由によって修繕が必要になったときは、賃貸人は修繕義務を負わないと解釈されていましたので、当然のことが明文化されたにすぎません。

次に、改正前民法は、どのような場合であれば賃借人が賃貸人に代わって賃貸建物の修繕をしてもよいかについて、特に規定はありませんでした。
これに対して、改正民法第607条の2では、次のように定めています。

賃貸物の修繕が必要な場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。

一 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、または賃貸人がその旨を知っていたにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に修繕をしないとき

二 急迫の事情があるとき

なお、賃借人が、賃貸建物の修繕をしたときに、賃貸人に対してその費用請求できること及びその範囲については、改正前民法と改正民法とで、変更はありません。

Q
令和2年4月1日に施行された改正民法では、賃貸している建物の一部やその設備の使用及び収益できなくなった場合、賃料が当然減額されることになると聞きましたが、本当でしょうか。
A
そのとおりです。

改正民法第611条は、賃貸建物の一部滅失等による賃料減額について、次のように定めています。
1 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
2 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。

まず、改正前の民法では、賃借人が賃料の減額を請求することができるだけでしたが、改正民法では、当然に減額になりました。
ただし、賃貸している建物の一部やその設備が使用及び収益できなくなった原因が、賃借人の責めに帰することができる事由によるものであるときは、賃料は減額されません。
次に、この規定によると、賃料の減額が認められるのは、賃借物の一部の「滅失」の場合だけではなく、「その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合」でもよいので、単なる設備の故障や一時的な使用の障害の場合でも、この規定によってカバーされることになります。
もっとも、この規定には、いくら減額するかの計算やその根拠については、何も定められていません。
このため、たとえば賃貸建物の給湯器が老朽化により故障し、10日間お風呂やシャワーが使用できず、台所や洗面所の蛇口からお湯が出ないという状態が続いた場合、賃借人が、「給湯器が10日間使えなかったから、賃料を〇〇円減額します。」と一方的に主張し、トラブルが起きることが予想されます。
こうしたトラブルを回避する対策として、建物賃貸借契約書に、減額される賃料額あるいはその算定方法を明記しておくとよいでしょう。

Q
自分の所有するマンションの修理のために隣地に足場を組みたいと思いますが、隣地の所有者が承諾してくれません。どうしたらよいでしょうか。
A

 上記のような場合、民法上、隣地の所有者の承諾がなくても、隣地を使用する権利がありますが、隣地の所有者が明確に拒絶している場合には、裁判をして隣地の使用を認めてもらうのが無難です。

 令和3年の改正前の民法では、次のように定めていました。
 「土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。ただし、隣人の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。」
 これに対して、令和3年の民法改正により、次の3つの場合には、「隣地を使用することができる。」ことになりました(ただし、隣地の住家に立ち入るには、その住家の居住者の承諾が必要です。)。
 1 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕
 2 境界標の調査又は境界に関する測量
 3 越境している枝の切取り

 改正のポイントは、次のとおりです。
 まず、改正前は「隣地の使用を請求することができる。」でしたが、改正後は「隣地を使用することができる。」となりました。
 改正前は「請求することができる。」だけですから、あくまで隣地所有者の承諾を取ることが必要であり、隣地所有者が承諾しない場合は、訴訟を起こして承諾に代わる判決をもらわなければなりませんでしたが、改正後は「使用することができる。」となりましたので、隣地所有者が承諾しない場合、訴訟を起こして承諾に代わる判決をもらう必要はありません。
 次に、隣地を使用できる場合が、「境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕」から、「建物その他の工作物の築造、収去又は修繕」、「境界標の調査又は境界に関する測量」及び「越境している枝の切り取り」に拡大されました。
 ただし、隣地を使用する日時、場所及び方法は、使用の日時、場所及び方法は、隣地の所有者及び隣地を現に使用している者(例えば、隣地の借地人)のために損害が最も少ないものを選ばなければなりません。
 また、隣地を使用しようとする者は、あらかじめ、その目的、日時、場所及び方法を隣地の所有者及び隣地を現に使用している者に通知しなければならなりません。ただし、例外的に、「あらかじめ通知することが困難なとき」は、使用を開始した後、遅滞なく、通知することをもって足ります。「あらかじめ通知することが困難なとき」とは、土地や建物の登記記録などから隣地の所有者が特定できないような場合をいいます。
 さらに、隣地の使用によって、隣地の所有者及び隣地を現に使用している者が損害を受けたときは、それらの者は、隣地を使用した者に対して償金を請求することができます。これは、たとえば、隣地の駐車場に足場を組んだためにその駐車場が一定期間使えなくなった場合に、隣地所有者が他に駐車場を借りたときの駐車場の賃料の補償です。

 このように、令和3年の民法改正により、隣地の使用に隣地所有者の承諾は不要となりましたが、事前通知に対して、隣地所有者が明確に拒絶してきたような場合には、隣地の使用を強行すれば、トラブルとなることは明らかです。
 また、使用したいと思っている隣地が駐車場となっていて、車がおかれている場合には、隣地の所有者や隣地を現に使用している者の協力がなければ、隣地を使用することができません。
 そこで、隣地を使用したい場合は、隣地所有者及び隣地を現に使用している者に対して上記の民法の規定を説明し、隣地に足場を組むことを納得してもらう努力をしたほうがよいでしょう。
 それでも隣地所有者が了解しない場合は、結局訴訟をするほかありません。
 具体的には、隣地所有者を被告として、足場を組むことを妨害しないように請求する訴訟を提起することになります。
 しかし、通常の裁判では、訴え提起から判決の確定まで何年もかかることがあります。これでは、直ぐ工事をしなければ多額の損害が生じてしまうような場合は、遅すぎます。このような場合は、妨害禁止の仮処分命令の申立てをすることになります。
 仮処分命令というのは、「仮」という言葉がついていることからわかるとおり、緊急の必要性がある場合に、通常の訴訟手続きを経ずに、数日間から数週間という短い期間で命令を出す制度であり、あくまで仮の裁判です。仮処分命令の申立をした人の言い分が正しいかどうかは、仮処分命令が出た後、通常の裁判手続きをして決着をつけることになります。

Q
私の所有するアパートの敷地(甲土地)に隣地(乙土地)に植えてある松の木の枝が伸びてきて、私のアパートの居室の眺望が遮られ、また、たくさんの松葉や松ぼっくりが落ちてきて困っています。入居者から、なんとかして欲しいと言われていますが、どうしたらよいでしょうか。
A

 令和3年の改正前の民法では、越境している根については、直接切り取ってもよいことになっていましたが、越境している枝については、隣地所有者に切り取りを求めても対応してくれない場合、強制的に切り取るには、訴訟を起こして判決をもらう必要がありました。
 しかし、令和3年の民法改正により、越境している枝についても、直接切り取ることができるようになりました。
 越境している枝の所有者をYとし、越境されている土地の所有者をXとすると、Xは、まずYに対して、越境している枝を切り取るよう請求しなければなりません(これを、「催告」といいます。)。そして、一定期間待っても、Yが越境している枝を切り取らないときは、Xは、自ら切り取ることができます。
 また、急迫の事情があるときは、Xは、Yに対して「催告」をしなくても、越境している枝を自分で切り取ることができます。急迫の事情とは、枝を切り取らないと、事故等により、人が怪我をしたり、Xの所有建物などの財産が壊れたりする危険が差し迫っている場合です。
 では、越境している枝の所有者が誰であるか分からなかったり、その所有者の所在がわからなかったりした場合は、どうでしょうか。
 隣地の建物が長年空き家になっていたり、亡くなった隣地の所有者の相続人が不明であったりするような場合です。
 このような場合は、Xとしては、「催告」をすることはできませんので、「催告」なしで、越境している枝を自分で切ることができます。
 また、隣地が、YとZの共有である場合、令和3年の民法改正では、YとZは、他の共有者の承諾がなくても、単独で越境している枝を切ることができることになりました。
 従って、当然のことながら、Xは、YかZのどちらかの承諾があれば、越境している枝を自分で切ることができることになりました。
 ただ、Xは、「催告」をする場合は、YとZの両方にしなければならず、どちらか一人に「催告」をしただけでは、「催告」を受けた人が越境している枝を切り取らなかったからといって、自分で枝を切り取ることはできません。
 もっとも、Zが所在不明であるような場合は、Xは、Yに対する「催告」をすれば、Yが枝を切り取らない場合には、自ら枝を切り取ることができます。
 なお、Xが自ら越境している枝を切り取った場合、その費用をだれが負担するかについては、令和3年改正前の民法に特に規定はなく、また、令和3年の民法改正でも、新たに規定は設けられませんでした。
 従って、この点にいては、民法のその他の規定に従って考えるほかありませんが、不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求により、Yに負担させることができると考えられています。
 同様に、Xが切り取った枝や落下してきた松葉や松ぼっくりの取り扱いについても、令和3年改正前の民法に特に規定はなく、また、令和3年の民法改正でも、新たに規定は設けられませんでした。
 従って、この点にいても、民法のその他の規定に従って考えるほかありませんが、例え越境して切り取られた枝や他人の土地に落下した松葉などであっても、隣地所有者Yの所有物ですので、Xは、Yにそれらの引き取りを求めることができると考えられています。