専門家のアドバイス
大谷郁夫

賃貸経営の法律アドバイス

賃貸経営の法律
アドバイス

弁護士
銀座第一法律事務所
大谷 郁夫

2014年9月号

賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。

一括借り上げ方式に潜む落とし穴

事業者が、30年間同じ賃料で一括借り上げをしたら、採算は合わない?

 猛暑もいくらか和らぎ、秋の気配を感じられるようになりました。
 さて、そんな中、賃貸物件の一括借り上げ事業をもちかけられた高齢者から、驚くような相談を受けました。

 相談者は、地方都市に300坪ほどの土地を所有している76歳の男性です。
300坪と言っても、地方都市ですから、多額の相続税がかかるような土地ではありません。
 この男性のところに、ある大手事業者から、所有している土地にアパートを建築し、賃料収入を得ないかという勧誘がありました。
 もちろん、アパートは、この大手事業者が建築し、建築後は、同社が30年間一括してアパートを借り上げるという話です。この相談者には、まとまった現金はないので、建築資金は金融機関から借りる計画ですが、その金額が何と1億6000万円を超えており、しかも返済期間が30年もあるのです。

 そもそも、76歳の高齢者に、返済期間が30年もある高額の借金をさせる計画自体が異常ですが、さらに驚いたのは、その事業計画の問題点の多さでした。

 第1の問題点は、1億6000万円の銀行借入の金利の予測です。
 借入金は、当然アパートの賃料収入から返済するわけですから、その利息の利率は事業の採算に重大な影響与えます。
 ところが、この事業計画では、今後30年間の借入金の金利の利率が、変動金利で最大でも3%とされていました。
 30年間の金利を予想することはほぼ不可能ですが、それでも今後30年間ずっと借入金の金利が3%以内に収まるという予測は、かなり甘いように思えました。
 知り合いの投資家系大家さんも、借入金で物件を購入し、賃料で借入金を返済するというビジネスモデルは、今後は金利が上昇するので、厳しくなると予想しています。
 もっとも、この点は、あくまで漠然とした不安であり、問題点とまでは言えないかもしれません。

 第2の問題点は、経費見積もりの杜撰さです。
 賃貸経営には、さまざまな経費がかかります。一括借り上方式の場合は、空室リスクや家賃滞納リスクはありませんが、賃貸経営に伴う経費については、十分に考慮する必要があります。
 具体的には、土地・建物の固定資産税等の税金、火災保険料、日常的な修繕費、長期的に発生する大修繕費など、さまざまな経費額を具体的に見積り、この経費額を借入期の返済額とともに賃料収入から差し引いて、手取り収入額を把握する必要があります。
 この点、相談者が事業者から渡された事業計画では、税金以外の費用が収支計算に計上されておらず、毎月の賃料収入から、借入金の返済額と固定資産税額を除いた残額が、そのまま手取り収入額となるかのように記載されていました。
 これは、明らかに、手取り収入が多くなるように見せかけた事業計画であり、杜撰をとおり越えて、騙しに近いやり方です。
 もちろん、「こんな事業計画は、すぐに内容がおかしいと分かるはずだから、騙されるはずはない。」という方もいらっしゃるでしょう。しかし、相談者は、高齢で賃貸事業の素人であったために、この事業計画の手取り収入を、そのまま信用していました。

 第3の問題点は、この事業計画における賃貸物件の建築費用でした。  建築費用は1億6000万円であるのに対して、建物の延べ床面積が約650㎡ですから、建築費用の坪単価は80万円を超えます。取り立てて高級でもないアパートの建築に、坪80万円もかかるのだろうかという疑問がわきました。
 こうしたアパートの一括借り上げ業者は、アパートの建築請負代金で収益を上げることが多いので、建築費用を割高にする恐れがないとは言えません。

 第4の問題点は、これが最も悪質な点ですが、この事業者は、まだ賃貸借契約書の原案すら相談者に見せていないのに、相談者に対して、先に1億6000万円の建築請負契約を締結するように迫っていたことです。
 つまり、30年一括借り上げというのは、単なる口頭での説明で、どんな条件で、何年借り上げをしてくれるのか、書面では何一つ約束していないのに、建築請負契約の締結を先にするように要求していたのです。
 この事業計画では、事業者が相談者の土地上にアパートを建築して、30年間一括借り上げをするというものですから、建築請負契約と一括借り上げの賃貸借契約は、車の両輪のようなものであり、両方がなければ計画そのものが成り立ちません。
 また、相談者からすれば、事業者が30年一括借り上げをしてくれるというから、多額の借り入れをしてアパートを建てるのです。ですから、片方だけ先に契約させるのは、フェアなやり方とは言えません。少なくとも、賃貸借契約書の案を見せて、その契約書の内容で賃貸借契約を締結することを書面で約束するべきです。

 そこで、私は、相談者に、建築請負契約を締結する前に、事業者から賃貸借契約書の案をもらうようにアドバイスしました。
 このアドバイスを受けて、相談者は、事業者から賃貸借契約書の案をもらい、私にFAXしてくれました。
 私は、送られてきた賃貸借契約書の案を見て、「やっぱりそうか。」と呆れてしまいました。この賃貸借契約書の案には、3年に1度賃料額を見直し、賃料額について事業者と相談者が合意できないときは、事業者は6か月の予告期間をおいて契約を解約することができる条項が入っていました。
 この条項によれば、事業者は、相談者に対して、3年ごとに賃料の見直しを要求し、要求が容れられなければ、契約を解約して、この事業から手を引くことができるのです。もちろん、この条項は有効です。

 これらの問題点からすると、この事業計画の事業者側からの本音が何かが見えてきます。
 事業者は、建築請負契約で多額の利益をあげ、アパートが新築で入居者の募集がしやすい当初の3年間から6年間は、相場の賃料でアパートを一括借り上げし、その後は賃料の値下げをして、空室や滞納があっても採算の合う賃料で一括借り上げを継続していこうと考えていると推測できます。
 そして、相談者が、賃料の値下げを拒否したら、事業者は、その時点で解約をしてこの事業から手を引く予定ではないでしょうか。

 事業者が、30年間同じ賃料で一括借り上げをしたら、採算は合わないはずです。ですから、文字どおり30年間一括借り上げをしてくれる事業者はいないと考えてよいと思います。
 従って、一括借り上げ方式を利用する場合は、今回説明したような落とし穴があることを十分に理解した上で、事業者の話を鵜呑みにせず、できるだけリスクを少なくするようにするべきです。
 そのためには、まず、事業計画を税理士さんや会計士さんなどの、数字の専門家にチェックしてもらうことが必要です。なぜなら、事業者が途中で解約して撤退しても、事業計画がしっかりしていれば、なんとか乗り切ることが可能だからです。

 一括借り上げ方式を検討されている方は、是非一度、事業計画を見直してみてください。

※本コンテンツの内容は、記事掲載時点の情報に基づき作成されております。

大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士

銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/

平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。