賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
それは、あまりにひどい判決では?争点から逃げる簡易裁判所の判決
私の事務所のあるビルには、パスポートの発行手続きをする役所が入っていますが、7月の初めころから、この役所に、パスポートの発行や更新を求める人が殺到しており、いつも長蛇の列を作っています。
新型コロナウィルス騒動も一段落し、多くの人が、夏休みに海外旅行を計画し、そのために、パスポートの発行や更新を求める人の数が増えているのでしょう。
アフターコロナの平和な光景の一つです。
さて、今回は、ちょっと困った簡易裁判所の判決のお話です。
先日、東京都内にビルを所有し、このビルを店舗として賃貸しているA社から、こんな相談がありました。
A社の所有しているビルの一室を賃借していたB社が、賃貸借契約を解約して退去しました。
A社は、B社から敷金として80万円を預かっていましたが、賃貸借契約に明記されている原状回復についての特約に基づいて原状回復工事を行い、その費用60万円を敷金80万円から差し引いて、B社に20万円を返金しました。
上記の特約の内容は、借主は、退去時に、損耗や汚損の有無にかかわらず、借主の設置した設備、造作類を撤去し、クロスの張替え、天井の塗装、エアコンのオーバーホールを行わなければならないというものでした。
これに対して、B社が、A社に対して、差し引かれた60万円の返還を求める訴えを、簡易裁判所に起こしました。
この事件では、A社及びB社の両方に弁護士がついており、当初は、貸室内の損傷の有無等について、かなり争ったようです。
しかし、中心争点は、上記特約の効力であり、被告(A社)側は、上記特約が損耗・汚損の有無にかかわらず借主が負う義務を定めているものであること及び上記特約と同様の特約を有効とした裁判例を複数あげ、特約の有効性を主張しました。
これに対して、原告(B社)側は、上記特約が借主に一方的に重い負担を強いるものであり、公序良俗に反して無効であると主張しました。
和解の話し合いもあったようですが、最終的に話し合いはまとまらず、判決となりました。
この事件に対する簡易裁判所の判決は、次の3点を争点として上げました。
(1) 原告(B社)が負担すべき本件貸室の補修箇所及びその補修費用の額
(2) 上記特約の有効性
(3) 上記特約は公序良俗に反する無効なものか。
その上で、この判決は、本件貸室の賃貸当初の現状が明らかではなく、被告(A社)の主張する損耗及び汚損が、賃貸期間中に発生した事実を認めることはできないので、その余の点を判断するまでもなく、原告(B社)の請求には理由があると判断しました。
A社の担当者は、「この判決は、争点のとらえ方が間違っている。そのために、一番中心となる争点に何も答えていない。」と憤慨していました。
確かに、この判決は、争点のとらえ方を間違っています。
A社は、上記特約が損耗・汚損の有無にかかわらず借主が負う義務を定めたものであると主張し、これに対して、B社は、上記特約は借主に一方的に重い負担を強いるものであり、公序良俗に反して無効であると主張しています。
もしA社の主張が認められれば、損耗・汚損の有無にかかわらず、B社は、クロスの張替え、天井の塗装、エアコンのオーバーホールを行う義務を負い、その費用を負担しなければなりません。ですから、裁判官は、まず上記特約の内容を認定した上で、その有効性について判断する必要があります。
ですから、「被告の主張する損耗及び汚損が、賃貸期間中に発生した事実を認めることはできない。」ことは、上記特約の有効性の判断を回避する理由にはならないはずです。
しかも、この判決の良くないところは、判決文の中に、被告の主張する特約の内容も損耗や汚損の内容も、全く書かれていないところです。
このような判決の書き方を見ると、最初から、結論ありきで判決文を書いたように見えてきます。
これまで、「簡易裁判所では、借主が優遇されている」という話を、多くの大家さんから聞かされています。
確かに、民法や借地借家法の建前が「借主保護」ですから、簡易裁判所の裁判官の態度が、大家さんから見て借主に有利に見えるのは仕方ないことです。
しかし、判決を書く以上、きちんと事件と向き合あわず、中心争点についての判断から逃げるようなことをするのは、いかがなものかと思います。
結論の如何にかかわらず、中心争点には答えてほしいものです。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。