賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
こんな契約条項は有効ですか?高齢入居者についての特別な契約条項の有効性
先日、ある大家さんから、単身高齢者を自分のアパートに入居させようと思うが、認知症や孤独死が心配なので、契約書に次のような条項を入れたいという相談がありました。
①賃借人が認知症と診断された場合には、賃貸借契約を解除できる。
②賃借人の孤独死等で部屋に汚損があった場合は、その原状回復費用は保証人が負担する。
超高齢化社会の日本では、高齢者の方も大家さんにとっては大切なお客様であり、満室経営を実現するには、高齢者の方の入居を積極的に受け入れる必要があります。
しかし、一方で、大家さんからすると、高齢者の方を入居させると、認知症や孤独死などのリスクを負いますので、こうしたリスクに対する対策が必要となります。
このため、最初に書いたような相談があるのです。
まず、①「賃借人が認知症と診断された場合には、賃貸借契約を解除できる。」という条項を入れた場合、この条項に基づいて契約を解除することができるでしょうか。
大家さんは、賃貸借契約書に、いろいろな解除事由を盛り込もうとします。よくあるのが、「賃料を1か月分でも滞納した場合」に契約を解除できるという条項です。
しかし、裁判所は、こうした大家さんに有利な契約解除に関する条項の効力を、なかなか認めません。裁判所の考え方は、賃借人に契約違反があっても、大家さんと賃借人との間の信頼関係が破壊されるような事態にならなければ、契約を解除することはできないというものです。このため、たとえば賃料の滞納の場合、おおよそ3ヵ月分程度の滞納がないと契約解除を認めません。
このような裁判所の考え方からすると、賃貸借契約書に「認知症と診断された場合には、賃貸借契約を解除できる。」と記載してあっても、裁判所が、この条項に基づいた契約の解除を認めるとは考えられません。
ちなみに、賃貸借契約書に解除事由として「賃借人に後見開始の審判があったとき」と記載したらどうでしょう。
後見というのは、高齢者が認知症などで判断力が大きく低下し、自分の財産の管理ができなくなったときに、家庭裁判所がその高齢者のために成年後見人を選任し、成年後見人に高齢者の財産を管理させる制度です。
自分の財産の管理ができないのですから、他人の財産である賃貸物件を正常に管理できるはずはありません。ですから、この条項は有効と考えてもいいように思えます。
しかし、大阪地方裁判所の判決で、このような条項を無効としたものがあります。この判決には、大家さんに有利な条項に対する裁判所の厳しい考え方が表われています。
私も何人もの高齢者の方の成年後見人となり、その方々の財産を管理してきましたが、その中には、財産の管理はできないが、体は健康で、日常の生活は一人でできるという人もいました。このように、後見が開始されても、ご本人の状況には、全く何もできない人から日常の生活は一人でできる人まで幅がありますので、後見開始の審判があったというだけで賃貸借契約が解除できるとする契約条項を、無条件に有効と認めることはできないでしょう。
次に、「賃借人の孤独死等で部屋に汚損があった場合は、その原状回復費用は保証人が負担する。」という条項はどうでしょうか。
昨年の11月のコラムにも書きましたが、現在、裁判所は、原状回復義務について、「賃借人の故意または過失や通常の使用方法に反する使用など、賃借人の責めに帰すべき事由による住宅の損耗があれば、賃借人がその復旧費用を負担する。」という考え方をとっています。
賃借人には、病死することについて、特別の事情(従前から重い病気を患い、入院しなければ死亡するかもしれないことを容易に予測できたのに、合理的理由もなく入院をしなかったなどという事情)がない限り、責めに帰すべき事由などありません。また、遺体の発見が遅れ、それによって居室が汚損しても、賃借人が亡くなっている以上、賃借人の責めに帰すべき事由を観念することは困難です。
このように考えると、孤独死等で部屋に汚損があった場合の原状回復費用を、孤独死をした賃借人に負担させることはできませんので、保証人も負担しないことになります。
従って、「賃借人の孤独死等で部屋に汚損があった場合は、その原状回復費用は保証人が負担する。」という条項は、保証人に特別な義務を課すことになります。
しかし、賃貸借契約において、賃借人や保証人に特別な義務を課す場合は、その範囲や金額が明らかでなければならないというのが裁判所の考え方ですので、「賃借人の孤独死等で部屋に汚損があった場合の原状回復費用」というような抽象的な記載では、その範囲や金額が明確ではないとして効力を否定される可能性が高いと考えられます。
これに対して、孤独死によって発生した汚損の原状回復費用は、当然孤独死をした賃借人の負担であるという考え方に立てば、保証人もこの原状回復費用を負担しなければならなくなります。
この立場では、「賃借人の孤独死等で部屋に汚損があった場合は、その原状回復費用は保証人が負担する。」という条項は、当然のことを規定した条項に過ぎなくなり、あってもなくてもよいということになります。
このように、単身高齢者を入居させる際に、認知症や孤独死によるリスクを回避するために特別な契約条項を追加しても、なかなか有効性が認められないというのが実情です。大家さんとしては、頭の痛いところです。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。