賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
保証会社の追い出し行為~入居者への賠償額はいくら?
先日、茨城県にゴルフに行ってきました。ゴルフ場に桜の木がたくさんあると聞いていたので、お花見ゴルフのつもりでしたが、桜の花はまったく咲いていませんでした。スコアもパッとしなかったので、ちょっと残念な一日でした。
さて、今回は、保証会社の追い出し行為を受けた入居者が、保証会社に対して損害賠償請求訴訟を起こした事件のお話です。
まず、ご存じだとは思いますが、簡単に保証会社の家賃保証ビジネスについて説明します。
保証会社は、入居者の依頼を受けて、大家さんと保証契約を締結します。この保証契約で、保証会社は、大家さんに対し、入居者が契約上支払うべき賃料等の債務を支払わない場合に、入居者に代わって大家さんに支払うことを約束します。その代わり、保証会社は、保証を依頼した入居者から保証料を受け取ります。これが、保証会社の家賃保証ビジネスです。
最近では、ほとんどの大家さんが、新規の入居者と賃貸借契約をする際に、保証会社との保証契約を条件としています。
このように、保証会社は、入居者が家賃の支払いをしないと、入居者に代わって家賃を大家さんに支払いますので、入居者の滞納が何か月も続くと、大きな損害を受けてしまいます。
このため、5年くらい前に、保証会社が入居者を強引に追い出すケースが相次ぎ、社会問題化しました。しかし、社会問題化したことによって、ほとんどの保証会社が大人しくなり、最近は、保証会社の追い出し行為の事案はあまり聞かなくなりました。
ところが、先月届いた判例集の雑誌に、珍しく最近の保証会社の追い出し行為についての損害賠償請求訴訟の判決が載っていました。この裁判例を見たとき、「まだ、こんなことをやっている保証会社があるのか。」と思いました。もしかすると、保証会社の中に、また過激な追い出し行為を始めたところがあるのかもしれません。
事案の推移は、以下のとおりです。(入居者をX、保証会社をYとします)
【平成27年2月】
Xは3月分の家賃を滞納した。
【同年3月】
Xは管理会社に3月末までに滞納分を支払うと約束した。しかし、Xは上記の支払いをせず、管理会社に連絡もしなかった。さらに、4月分の家賃も滞納した。
【同年4月13日】
YからXに家賃の滞納分を支払うように書面で督促した。しかし、Xから何の連絡もなかった。
【同年4月23日】
Yは賃貸物件の玄関扉に補助錠を設置しXの立入りを不可能にした。同時に、YからXに対する滞納家賃等の請求書を扉に差し置いた。これにより、Xはホームレス状態となった。
【同年4月25日】
Xは、寮付きの仕事を見つけた。XがYに連絡すると、Yは「4月末までに4万円、5月初旬に4万円を支払え。これができなければ、荷物を撤去する。」と告げた。
【同年5月1日】
Yは、賃貸物件内のXの家財、設備物等一式を撤去、処分した。
【同年5月2日】
Xは、新しい仕事の寮に入り、ホームレス状態から脱した。
この事件で、Xは、Yに対して、次のような損害賠償を請求しています(弁護士費用相当額の損害は除く。)。
①家財道具の損害 100万円
②慰謝料 200万円
(合計)300万円
さて、この事件で、裁判所が認めた損害賠償額はいくらだと思いますか。
まず、その前提として、たとえ入居者が家賃を払わなかったとしても、大家さんや保証会社が、裁判をしないで、自分の力で入居者を追い出すことは違法行為であり、損害賠償責任を免れません。この結論は、たとえ家賃の滞納が数年分に渡る事案でも、変わりません。
この事件で裁判所が認めた賠償額は、次のとおりです。
①家財道具の損害 30万円
②慰謝料 20万円
(合計)50万円
上記の額を十分とみるか、少ないとみるかは意見の分かれるところでしょう。
私から見ると、妥当な線かなと言う感じです。
まず、家財について考えます。
損害賠償請求訴訟において、損害の立証責任は原告にあります。
従って、Xは、賃貸物件の中にどんな家財があったか、その価格はいくらかの立証責任を負いますが、すべて処分されていますので、どんな家財があったかの立証は困難です。
そこで、Xは、一般的な火災保険における再取得価格300万円の3分の1にあたる100万円を請求したのです。
これに対して、裁判所は、Xの証言などから、テレビ、ブルーレイレコーダー、掃除機、電動ひげ剃り、炊飯器、オーブン電子レンジ、携帯電話機、食卓、食器、衣類、寝具等の存在を認めましたが、Xが価格の立証をしなかったので、格別の理由もなく、「30万円にとどまると認めるのが相当である。」と判断しました。確かに、上記の物品の中古品の価格を考えると、30万円程度でしょう。
次に、慰謝料です。
確かに、Xが一定期間ホームレス状態になったことや家財道具を捨てられたことによる精神的苦痛は大きいと言えます。しかし、裁判所は、Xのホームレス状態の期間が短いこと、滞納後のXの態度が極めて不誠実であったこと、Xは本来契約を解除されれば、賃貸物件を明け渡さなければならない法的地位にあったこと、Xは未だにYが立て替えた賃料を返還していないことなどあげて、「20万円と認めるのが相当である。」と判断しました。
私は、大家側の代理人をすることが多いので、若干主観が入りますが、家賃を払わない上に、説明しない、連絡に応じない、書面を受け取らない、訴状を受け取らないなど、態度の悪い入居者はときどきいますので、この判決の理由には、納得できます。
このように、裁判所が認めた金額は妥当だとは思いますが、この程度の金額だと、追い出し行為を強行する保証会社が出てくるのではないかという危惧があります。通常、滞納開始から裁判をして強制執行による明け渡し完了まで、最短で7か月程度かかります。本件の家賃は4万円ですから、家賃分だけで28万円の損害です。さらに、強制執行費用は、ワンルームマンションで15万円から20万円程度、弁護士費用が20万円から30万円ですから、これらをすべて合計すると、最大78万円になります。この金額は、家賃が高額な都心のワンルームマンションなら2倍近くになるかもしれません。そう考えると、賠償額が50万円ならやってしまおうと考える保証会社も出てくるかもしれません。
もっとも、上記は民事の損害賠償責任だけの話です。この事件の保証会社の行為は、住居侵入、器物損害、窃盗などの罪で立件される可能性が十分ありますので、保証会社もそこまでの危険は冒さないでしょう。
ちなみに、保証会社が上記のような追い出し行為をすることを了解したり、指示したりした場合は、大家さんも同じ法的責任を負うおそれがありますので、注意してください。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。