賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
長期間行方不明の入居者の部屋は、勝手に片づけてもよいのか?「追い出し条項」の有効性
梅雨のじめじめした天気が続いています。早く梅雨が明けてほしいと思うのですが、梅雨が明ければ、夏が始まります。今年もまた、猛暑日が続くのでしょうか。
さて、今回は、建物賃貸借契約における「追い出し条項」を無効とした大阪地裁の判決と消費者団体訴訟制度について取り上げてみたいと思います。
大家さんをしていると、入居者が家賃を払えなくなり、何か月か滞納をした後、夜逃げをしてしまうということがあります。
入居者の行方が分からなくなると、何か月もの間、家賃が支払われなくなりますが、契約は終了していないし、場合によっては、家財道具が残っているので、その部屋を他の人に貸すこともできません。大家さんにとっては、大損害が発生します。
また、この建物賃貸借契約について保証会社が保証をしている場合、大家さんは、保証会社から毎月家賃を支払ってもらえますが、保証会社は、大家さんに支払う家賃がどんどん増えていきます。
このような場合に、適法に建物賃貸借契約を終了させ、部屋の明け渡しを完了させるには、行方の分からない入居者を被告として、建物明渡し請求訴訟を提起し、判決を得て強制執行するほかありません。
行方の分からない入居者を被告として訴訟を提起するには、公示送達という手続きをとります(公示送達については、別の機会に説明します。)。
しかし、このような正規の手続きを取っていたのでは、滞納の開始から部屋の明け渡しを完了させるまでに8か月くらいかかってしまいます。
そこで、予め建物賃貸借契約書に、入居者が借りている部屋を長期間使用していないと判断できる一定の条件がある場合には、賃借人が賃貸借契約を解約して、部屋を明け渡したものとみなす旨の条項を入れておくことがあります。
具体的な条件としては、3か月間の賃料を滞納していること、電気や水道などを長期間使用していないこと、勤務先及び連帯保証人に連絡しても入居者と連絡が取れないことなどがあげられます。
このような契約条項の有効性が争われたのが、今回取り上げる大阪地方裁判所の判決です。
この事件の特徴は、原告が、実際の入居者ではなく、関西のNPO法人であるというところです。
原則として訴訟は、具体的な権利を主張する人(権利者)が原告になり、その権利を行使される人(義務者)が被告になります。家賃の請求であれば、家賃の支払いを請求する権利を主張する人(大家さん)が原告となり、家賃の支払いを請求される人(入居者及び連帯保証人)が被告となります。
従って、具体的な権利義務と無関係な人、例えば、大家さんの奥さんが、賃料請求訴訟の原告となることはできませんし、また、入居者でも入居者の連帯保証人でもない親族を、賃料請求訴訟の被告とすることはできません。
この原則の例外となるのが消費者団体訴訟です。
この消費者団体訴訟とは、内閣総理大臣が認定した消費者団体が、消費者に代わって事業者に対して訴訟等をすることができる制度であり、消費者契約法に定められています。
このような例外的制度が認められている理由について、消費者庁は、次のように説明しています。(消費者庁のページにリンクします。)
「民事訴訟の原則的な考え方では、被害者である消費者が、加害者である事業者を訴えることになりますが、①消費者と事業者との間には情報の質・量・交渉力の格差があること、②訴訟には時間・費用・労力がかかり、少額被害の回復に見合わないこと、③個別のトラブルが回復されても、同種のトラブルがなくなるわけではないことなどから、内閣総理大臣が認定した消費者団体に特別な権限を付与したものです。」
今回取り上げた事件は、大阪のNPO法人が、この消費者団体訴訟制度を利用して、ある保証会社に対して訴訟を提起し、その保証会社が使用している契約書の「追い出し条項」の使用差し止めを求めたものです。
この事件で取り上げられた「追い出し条項」の詳しい内容は分かりませんが、連絡の取れなくなった入居者が2か月以上家賃の支払いを怠り、電気やガスの利用状況から見て、入居者が貸室を使用していないと認められる場合は、入居者が物件を明け渡したものとみなし、保証会社側が一方的に貸室内の入居者の所有物を搬出できるという内容のものだったようです。
この事件で、裁判所は、この条項に基づいて、「貸室内の入居者の所有物を搬出する行為は、法的手続きによることができない緊急性のある場合を除き、不法行為に該当する」と判断し、この条項の使用差し止めを認めました。
まだ、地方裁判所レベルの判決ですので、今後どうなるか確定的なことは言えませんが、日本は、法制度も裁判官も入居者保護に篤いので、仮に保証会社が控訴しても、この判決が覆ることはないのではないかと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。