賃貸経営の法律アドバイス

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大谷郁夫

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賃貸経営の法律
アドバイス

弁護士
銀座第一法律事務所
大谷 郁夫

2015年11月号

賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。

退去した借主から敷金返還請求訴訟

 ついこの間、裁判官の夏休みの話を書いたばかりですが、いつのまにか秋も深まり、東京でも少しずつ木々が色づき始めています。
 その後も、季節の移り変わりにかかわりなく、原状回復の相談が続いています。

 新たに相談に来られた大家さんは、退去した借主から敷金返還請求訴訟を起こされた方でした。
 この方は、所有している3DKのマンションを10年間ほど同じ借主に貸していたのですが、契約が終了して借主が退去しました。管理会社が退去立合いをしたのですが、かなり損傷がひどく、クリーニング費用と修理費用で100万円近くかかりました。そこで、敷金40万円を全額この修理費用に充て、全く返金をしませんでしたが、これに納得しない借主が、敷金返還請求訴訟を起こしてきたというわけです。

 具体的な損傷箇所や内容は、次のようなところです。
 1 サッシの窓枠のサビ
 2 押入れ内の柱や壁のカビや腐食
 3 フローリングの腐食
 4 入り口の鉄製ドアのサビとへこみ

 この損傷箇所や内容からすると、恐らく借主が結露をきちんと管理しなかったことが原因ではないかと推測される事案です。

 これまでお話してきましたように、借主は、借りた時に壊れたり汚れたりしていなかったのに、借主のミスで壊したり汚したりした部分があるときは、その部分について修理して元に戻す義務があります。
 これに対して、借主は、借主が普通に使うことによって壊れたり汚れたりした部分(通常損耗)や時間の経過によって自然に古くなって壊れたり汚れたりした部分(経年変化)を元に戻す義務はありません。
 それでは、この結露が原因のサビや腐食は、どちらに入るのでしょうか。

 この点について、東京都都市整備局が公表している賃貸住宅トラブル防止ガイドラインは、結露を放置したことによる壁紙のカビやシミの拡大についてですが、次のように記載しています。

「結露は、建物の構造上の問題であることが多いが、借主が結露が発生しているにもかかわらず、貸主に通知もせず、かつ、拭き取るなどの手入れを怠り、壁紙を腐食させた場合は、通常の使用による損耗を超えると判断されること多いと考えられる。」

 この記載によると、借主が、結露が発生していることを知りながら、大家に対策を依頼したり、拭き取ったりするなどの対応をしないで放置した場合は、それによって発生したシミ、カビ、腐食は、借主のミスで壊したり汚したりした部分となり、借主に修理して元に戻す義務があることになります。
 今回相談のあったケースでも、窓枠自体がさびるなど言うことは通常考えられませんから、借主が長期間にわたって結露を放置したものと考えられます。
 従って、上記の1から4の修理費用は、借主が負担するべきでしょう。

 では、大家さんは、上記の1から4の修理費用の全額を、借主に請求できるのでしょうか。
 原状回復費用の原則的な考え方は、次のようなものです。
 例えば、借主が壁紙にシミをつけてしまった場合、借主が負担しなければならないのは、最大でも汚した部分の壁1面だけの貼り替え費用です。
 また、古い壁紙の場合は、時間の経過によって価値が下がっているので、価値の下落した壁紙として、張り替え費用を計算しなければなりません。壁紙は、一般的に6年で価値がなくなると考えられていますので、1年ごとに2割くらい価値が減っていくという計算をすると確実でしょう。従って、壁紙を貼り替えてから2年経っているような場合は、新品の貼り替え費用の6割くらいと計算することになります。

 このように、壁紙の場合、張り替える範囲の限定と時間の経過による価値の下落を考慮して、修理費用を計算しなければなりませんが、今回の相談のような窓枠、フローリング、押入れ内の柱や壁、入り口ドアなども同じでしょうか。

 この点についても、東京都都市整備局が公表している賃貸住宅トラブル防止ガイドラインは、次のように記載されています。
「建物本体と同様と考えられるフローリングや柱及び襖等の建具部分などの部位の部分的な補修は、つぎはぎになるなどして建物全体の価値の上昇にはつながらないことから、経過年数を考慮しないことが合理的と考えられる。」

 また、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改定版)においても、「建物全体と同様に長期間の使用に耐えられる部位であって、部分補修が可能な部位、例えばフローリング等の部分補修については、経過年数を考慮することはなじまないと考えられる。」としています。

 今回の相談で問題となっている窓枠、フローリング、押入れ内の柱や壁、入り口ドアは、いずれも「建物本体と同様と考えられるフローリングや柱」あるいは「建物全体と同様に長期間の使用に耐えられる部位」にあたると考えられますので、東京都や国交省のガイドラインによれば、時間の経過による価値の下落は考える必要はないことになります。
 従って、サビ取りや腐食部分の交換などの費用は、全額借主に負担させることができます。もっとも、窓やドア自体を交換した場合は、サビや腐食によって使用に耐えられないような状態になっていない限り、交換費用全額を借主に負担させることはできないでしょう。

 6回にわたってお話した「建物賃貸借とお金の話」は、今回で、ひとまず終わりとなります。
 次回は、最近みつけた興味深い判例と相談事案の話をする予定です。

※本コンテンツの内容は、記事掲載時点の情報に基づき作成されております。

大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士

銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/

平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。