賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
うちの土地は、使わせないよ!建物修理のための隣地使用の権利
日本の不動産価格や株価は、数年前と比べると大きく上昇しており、バブルなのではないかと思っていました。
しかし、先日ユーチューブで円安関係の番組を見ていたところ、銀行か証券会社のアナリストが「日本円の価値が下がっているので、不動産価格や株価が上がっていても、実質的には価値が上がっている訳ではない。」と話していました。
確かに、円換算での不動産価格が30パーセント上昇しても、円の価値が30パーセント下がっていれば、外国人が日本の不動産を買う場合、お財布から出すお金は同じです。
そう考えると、今の不動産価格は別にバブルではないのかもしれません。
さて今回は、建物修理のための隣地使用の権利のお話です。
先日、こんな相談がありました。
私の知り合いの大家さん(Aさん)が、東京都内に所有する1棟マンションで雨漏りがあったため、そのマンションの防水工事を行わなければならなくなり、そのために足場を組む必要が出てきました。
しかし、Aさんの建物の壁面と隣地の境界との間には、足場を組むスペースがないため、Aさんは、隣地の所有者に対し、工事の間だけ隣地上に足場を組ませて欲しいという申入れをしました。
Aさんが足場を組もうとした範囲は、Aさんの所有地と隣地の境界線から隣地側に50センチメートルくらいの範囲であり、そこには隣地所有者が建てた駐車場の屋根がありましたが、その屋根を壊すことなく足場を組む計画でした。
ところが、隣地の所有者がAさんの申し入れを拒絶したため、Aさんとしてはどうしていいか分からず、私の事務所に相談に来ました。
では、このような場合、Aさんは隣地を使用することができないのでしょうか。
実は、民法には次のような規定があります。
第209条 土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる。ただし、住家については、その居住者の承諾がなければ、立ち入ることはできない。
一 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕
二 境界標の調査又は境界に関する測量
三 第二百三十三条第三項の規定による枝の切取り
2 前項の場合には、使用の日時、場所及び方法は、隣地の所有者及び隣地を現に使用している者(以下この条において「隣地使用者」という。)のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。
3 第一項の規定により隣地を使用する者は、あらかじめ、その目的、日時、場所及び方法を隣地の所有者及び隣地使用者に通知しなければならない。ただし、あらかじめ通知することが困難なときは、使用を開始した後、遅滞なく、通知することをもって足りる。
4 第一項の場合において、隣地の所有者又は隣地使用者が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。
この法律は最近改正されたばかりで、改正前の条文は次のように定めていました。
「土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。ただし、隣人の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。」
改正前は「隣地の使用を請求することができる。」でしたが、改正後は「隣地を使用することができる。」となりました。
どう違うのかと言うと、改正前は「請求することができる。」だけですから、あくまで隣地所有者の承諾を取ることが必要であり、隣地所有者が承諾しない場合は、訴訟を起こして承諾に代わる判決をもらわなければなりませんでした。改正後は「使用することができる。」となりましたので、隣地所有者が承諾しない場合、訴訟を起こして承諾に代わる判決をもらう必要はありません。
この規定によれば、Aさんはマンションの修繕のために、隣地を使用することができることになります。
もっとも、民法上、Aさんに隣地を使用する権利があるとしても、隣地の所有者が承諾していないのに隣地に足場を組むことは、自力救済として認められていません。
そこで、まずAさんは、隣地所有者に対して上記の民法の規定を説明し、隣地に足場を組むことについて隣地所有者に納得してもらう努力をしたほうがよいでしょう。
それでも隣地所有者が了解しない場合は、結局訴訟をするほかありません。
法律が改正されても、隣地所有者が承諾しない限り、やっぱり裁判をすることになります。
具体的には、隣地所有者を被告として、足場を組むことを妨害しないように請求する訴訟を提起することになります。
しかし、通常の裁判では、訴え提起から判決の確定まで何年もかかることがあります。これでは、直ぐ工事をしなければ多額の損害が生じてしまうような場合は、遅すぎます。このような場合は、妨害禁止の仮処分命令の申立てをすることになります。
仮処分命令というのは、「仮」という言葉がついていることからわかるとおり、緊急の必要性がある場合に、通常の訴訟手続きを経ずに、数日間から数週間という短い期間で命令を出す制度であり、あくまで仮の裁判です。仮処分命令の申立をした人の言い分が正しいかどうかは、仮処分命令が出た後、通常の裁判手続きをして決着をつけることになります。
Aさんのケースは、雨漏りですので、雨漏りの程度や被害状況にもよりますが、すぐに工事をする必要があると思います。このため、隣地所有者が隣地に足場を組むことを承諾しない場合は、仮処分命令の申立をすることになるでしょう。
また一つ、面倒な裁判が始まりそうです。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。