賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
延滞賃料などの損害は回収できるか。給料差押さえは最後の手段
4月に入って新年度が始まりました。東京では桜も満開になり、今週末には散ってしまうかもしれません。
3月の引越しシーズンには、賃貸物件を巡るさまざまなトラブルが起きたと思いますが、私のところには、まだこのコラムで取り上げたい事案の相談はありません。
そこで、今回は、前回の明渡し執行の後日談をお話します。
前回(2016年3月号 明け渡しの強制執行)と前々回(2016年2月号 家賃滞納があった場合の大家さんの損失)にお話しましたように、今回の事件で大家さんが被った損害は、次のとおり合計金127万5000円です。
1.滞納家賃3か月分及び賃料相当損害金4か月分 70万円
2.執行費用
(1)裁判所への予納金 6万5000円
(2)執行業者の費用(第1回催告日) 2万円
(3)執行業者の費用(第2回断行日) 19万円
3 弁護士費用 30万円
実は昨日、この事件の大家さんから、「何とか回収できないのか。」というお電話をいただきました。
この損害は、いったいどのようにして回収するのでしょうか。
まず、3の弁護士費用は、残念ながら入居者の負担ではありませんので、入居者から回収することはできません。入居者が家賃を滞納したことが原因で裁判をしなければならなくなったのだから、大家さんが弁護士費用を負担するのはおかしいと思われるかもしれません。
しかし、裁判所は、交通事故などの不法行為に基づく損害賠償請求訴訟では、損害額の約10%にあたる弁護士費用について加害者が負担すべき損害として認めていますが、家賃滞納による解除を理由とする建物明渡し請求訴訟については、弁護士費用を入居者が負担すべき損害とは認めていません。
ちなみに、ある大家さんが、賃貸借契約書に、家賃滞納による解除を理由とする建物明渡し請求訴訟の弁護士費用を入居者が負担すべき損害とする条項を入れたところ、そのような条項は無効であると判断した裁判例があります。なぜ無効なのかは、少し難しい説明が必要なので、別の機会に譲ることにします。
次に、1と2ですが、この2つは、どちらも入居者が負担すべき損害です。
しかし、1と2では、大きな違いがあります。その違いは、1は建物明渡し訴訟の判決に明記されていますが、2はそれがないということです。
判決に書いてあると書いてないでどうちがうのか、と言えば、判決に書いてある1は、判決に基づいて強制執行ができるのに対して、判決に書いていない2は、改めて裁判を起こして判決をとらないと、強制執行ができないという点です。
通常、賃料の滞納による解除を理由とする建物明渡し訴訟では、建物の明渡しと、賃貸借契約を解除するまでに滞納していた賃料及び解除後明渡しまでの賃料相当損害金の支払いを求めます。
このため、請求を認める判決では、原則として賃貸借契約を解除するまでの賃料と解除後明渡しまでの賃料相当損害金の支払いを命じます。たとえば、家賃が月額10万円で、平成27年7月分から9月分まで家賃を滞納し、平成27年9月末日に賃貸借契約を解除したというケースでは、「被告らは、原告に対して、連帯して、金40万円及び平成27年10月1日から上記建物の明渡し済みまで1か月10万円の割合による金員を支払え。」となります。「被告らは、」となっていて被告が複数いるのは、入居者と連帯保証人を被告として訴えを提起するからです。
これに対して、執行の費用は、判決の時点では、まだ発生していない損害であり、もしかすると入居者が自分で出ていくかもしれないので、発生するかどうかも金額も不明です。ですから、判決に記載することはできないのです。
では、判決に記載されている延滞賃料と賃料相当損害金は、どうやって回収するのでしょうか。入居者の財産に強制執行をかけるのですが、家賃を滞納するような入居者にはめぼしい資産はありません。しかし、入居者は、通常働いているでしょうから、給料差押えという手続きをとります。
給料差押えは、申立から1週間程度で決定が出て、その決定は、まず入居者及び連帯保証人の勤務先に送られます。差し押さえることができる金額は、給料(基本給と諸手当を含み、通勤手当を除きます。)から所得税、住民税、社会保険料を控除した残額の4分の1です。ただし、この残額が44万円を超える場合は、その残額から33万円を控除した金額です。賞与も同様に差し押さえることができます。
この差押えがあると、勤務先は、原則として差押さえられた部分の給料を支払うことができません。
しかし、入居者や連帯保証人が働いておらず、あるいは働いていても勤務先が分からなければ、この給料差押えはできません。前回と前々回でお話した事件では、入居者は働いておらず、連帯保証人(息子)は働いているようですが、勤務先が分かりません。これでは、給料の差押さえもできません。
結局、大家さんとしては、賃貸借契約と締結するときに、入居者及び連帯保証人がきちんとした定職についていることを、給与明細などで確認するべきです。
さらに、できれば、保証会社の保証をつけるべきです。
入居者及び連帯保証人がきちんとした定職についていても、先ほどの3の弁護士費用は入居者から取れませんし、2の執行費用は改めて判決をとらなければ強制執行はできません。しかし、保証会社の保証契約では、契約内容にもよりますが、保証会社がこれらの費用を全部負担してくれることが多いのです。
では、また次回
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。