賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
えっ、捨てちゃったの?文書のデジタル化と重要文書の廃棄
このところ、毎日のように新型コロナウィルスの感染者数が増えており、全く収まる気配がありません。私の事務所の入っているビルの中のテナントでも、感染者が出たらしく、だんだん身近になってきたなという感じです。
とはいえ、6月から徐々に裁判期日が再開されていますので、仕事をしないわけにはいかず、電車で事務所や裁判所に出かけることも多くなっています。
この状態では、いつ感染してもおかしくないので、戦々恐々としている毎日です。
さて、今回は、裁判を見据えた文書の管理のお話です。
私の依頼者に、東京都内にマンションを1棟所有している大家さん(Aさん)がいますが、先日、Aさんからこんなメールが送られてきました。
「私の持っているマンションの入居者で、頻繁に夜中に騒音を出したり、共用部分に物を置いたりする方(B)がいましたので、管理会社(C社)に対応してもらっていました。しかし、Bは、C社が注意しても言うことをきかず、逆に弁護士をつけて反論してくるような始末でした。
このため、C社は面倒になってしまったのか、管理委託契約を解約して、管理をやめたいと言ってきました。管理委託契約書によると、C社は、3か月前に言えば、管理委託契約を解約できることになっていましたので、私としては、やむを得ないと思い、次の管理会社を探しているところです。
引継ぎのために、C社に対して、今までC社が持っている管理に関する書類、特に今後Bと裁判になる場合に備えて、BやBの弁護士とやり取りした書類を整理して渡してほしいと言ったところ、「社内ペーパーレス化により原本を全て破棄してスキャンデータにしてしまっているので、スキャンデータをお渡しします。」との回答がありました。
このような対応は、管理会社として、問題ないのでしょうか。」
私は、このAさんのメールに対して、次のように返事をしました。
「管理委託を受けた業務に関する文書は、すべて顧客の委任を受けてやりとりしたものですから、顧客の承諾なしに破棄するなど、言語道断です。
弁護士が依頼を受けた事件について、相手方とやりとりした文書を依頼者の承諾なしに破棄すればどうなるかと同じです。
また、原本というのは、非常に大切なもので、裁判所は、提出した証拠の書類について、原本の有無を確認し、原本があるものについては、原本を裁判所に持ってこさせ、確認します。
C社は、このような重要な原本類をAさんの承諾なく破棄したのですから、もし、今後、裁判において、原本がないことでAさんの主張が認められず、Aさんが損害を受けた場合は、C社の責任を問うことが可能です。」
では、なぜ裁判所は、原本にこだわるのでしょうか。
それは、現代のようにコピーやデジタル技術の発達した社会では、簡単に原本そっくりの写しを作ることができるからです。
例えば、私がAさんの署名捺印のある委任状を受け取った場合を考えてみてください。コピーでよいのであれば、私は簡単にAさんの署名捺印のある借用書を作ることができます。借用書の署名捺印欄に、Aさんから受け取った委任状の署名捺印部分を切り取って貼り付け、コピーをとればいいからです。
このようなことが簡単にできてしまうので、裁判所は、書類の原本の提出を要求し、提出された原本について、本人の手書きの署名あるいは押印があるかを確認します。
また、原本のない書類(つまり単なるコピー)は、相対的に証拠としての価値が低いと言えます。
このように、民事訴訟においては、証拠として提出する書類の原本、特に署名捺印のある書類の原本は、とても重要です。
こんなことを書くと、「何を言っているんだ。このデジタル時代に、紙や判子が必要だなんて時代遅れだ。ネットでやり取りする情報には、紙も判子もないんだから、管理会社の対応の方が正しい。」という反論があるかもしれません。
しかし、それは、現在の世の中の仕組みや裁判実務を無視した意見です。
ペーパーレス化は、社会の趨勢です。また、コロナ時代のリモート業務においては、紙や印鑑を使わない文書の取り扱いが求められています。
とは言え、実際には、未だに紙と印鑑を使った書類の作成をベースにして世の中は動いており、当然、裁判実務もこの世の中の仕組みを無視することはできません。
まず、変えなければいけないのは、この紙と印鑑を使った書類の作成をベースにして動いている世の中の仕組みであって、その仕組みが変更されていないのに、文書だけを「ペーパーレス化だ。」と言って、どんどん廃棄していくのは、乱暴なやり方です。
ちなみに、デジタルデータの通信による交渉や契約には、紙や印鑑はありません。このような場合に、送られてきたデジタルデータが、本当に自分の交渉している相手方が作成したものであるか、どのように確認したらいいのでしょうか。
例えば、A社とB社がデジタルデータの通信によって契約したという場合、お互いに相手方が本当にそのデジタルデータを作成したのか確認するには、どうしたらいいのでしょうか。
このような問題については、一応、電子署名という技術で解決されており、法律的にも手当てがされています。現在、法人の代表者は、法務局の提供する電子署名システムを利用することができ、また、個人は、総務省の提供する電子署名システムを利用することができます。
これらは、公的な電子署名システムですが、これ以外にも、私的な電子署名システムを提供している企業は沢山あります。
こうした電子署名システムの利用が広く普及していけば、紙と印鑑を使った書類の重要性は、徐々に低くなっていくでしょう。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。