賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
占有移転禁止の仮処分とは?ちょっと危ない借主には、先手を打って仮処分を!
8月に入っても酷暑が続いています。避暑地の軽井沢でも、暑さでエアコンが飛ぶように売れているそうです。私が子供の頃は、とても暑い日というのは、30度を超える日でした。しかし、今は、30度を超える程度では話題にもならなくなってしまいました。そのうち40度を超えないと話題ならない日が来るかも知れません。
さて、今回は、占有移転禁止の仮処分のお話をします。
先日、私のところにある大家さん(Aさん)が相談に来ました。相談内容は、長期間家賃を滞納している借主がいるので、契約を解除して、退去させたいということでした。
最初は、「よくある滞納による明け渡し事件かな。」という印象でしたが、よく聞いてみると、借主以外の人間が頻繁に部屋で寝泊まりしているという話が出てきました。しかも、部屋で頻繁に寝泊まりしている人間は、暴力団員風であるということでした。
この話を聞いたとき、私の中で、この事件は、「ちょっと要注意の事件」になりました。
どこが要注意なのでしょうか。
借主が家賃を滞納している場合、大家さんは、借主に対して、滞納している家賃を請求します。
これに対して、借主が、大家さんの請求に従わず、家賃の滞納を続けた場合、大家さんは、契約を解除した上で明渡し訴訟を起こし、裁判所から明渡しを命じる判決を出してもらうしかありません。
この場合、明渡し訴訟の被告となるのは、現実に建物を使用している人間であり、通常は借主です。
しかし、もし借主やその家族以外の人間が部屋を使用していると、その人間も被告としなければならなくなります。ところが、その人間の名前や素性が分からないと、裁判を起こすことが困難となります(当然、こういう輩は、部屋を訪ねて名前や素性を聞いても、答えません。)。
借主が悪質な人間であり、借家のトラブルについての法律的な知識があると、裁判をさせないように、こうした素性の分からない人間を部屋に引き入れることがあります。
Aさんの事件では、頻繁に借主以外の人間が部屋で寝泊まりしており、しかもその人間が暴力団員風だということなので、場合によっては、このような事態が予想されました。
そこで、Aさんと話し合い、裁判所に「占有移転禁止の仮処分」の申立をして、借主が、借りている部屋を他の人間に使用させることを禁止する命令を、裁判所から出してもらうことにしました。
この命令が出た後は、借主が、借りている部屋を他の人間に使用させることは禁止され、もし、他の人間がその部屋に入り込んで使用しても、借主を相手に明渡し訴訟をして勝訴すれば、その判決に基づく明渡し執行で、借主だけでなく、この命令が出た後にその部屋に入り込んだ人間も、立ち退かせることができます。
「占有移転禁止の仮処分」の申立は、明け渡しを求める部屋の所在地を管轄する地方裁判所に、仮処分命令申立書という書類と証拠類を提出することによって行います。
必要書類が揃っていれば、申立てから数日間で仮処分命令がでますが、この命令を出してもらう前に、「保証金」というお金を国(法務局)に預けなければなりません。
なぜ、このような「保証金」が必要かというと、仮処分命令というのは、原則として申立をした人(この場合は大家さん)の言い分だけを聞いて、相手方(この場合は借主)の弁明を一切聞かずに、数日間という短い期間で命令を出す制度であり、あくまで仮の裁判です。そこで、申立てた人の言い分が正しいかどうかは、きちんと本番の裁判をして、決着をつけることになります。
従って、大家さんの申立てどおり、占有移転禁止の仮処分命令が出たが、明渡し訴訟という本番の裁判で、大家さんの言い分が通らず、大家さんが負けてしまうということも有り得ます。そうすると、借主は、大家の間違った言い分により、占有移転禁止の仮処分命令を受けたことになり、これによって、何らかの損害を被ったかもしれません。
この借主の損害を賠償する資金として、裁判所が大家さんからお金を預かっておく。これが「保証金」なのです。保証金の金額は、普通の賃貸マンション・アパートで家賃が10万円程度のものであれば、10万円から20万円程度の金額です。
占有移転禁止の仮処分命令が出ると、裁判所にいる執行官という人と打ち合わせをし、執行官と一緒に、貸している部屋に行き、部屋の中に入って使用者や使用状態を調査します。さらに、占有移転禁止の仮処分命令が出ていることが記載してある書面を、部屋の中の見えやすいところに貼り付けてきます。
「占有移転禁止の仮処分」の最大の利点は、先ほど説明しましたように、この命令の後に、他の人間がその部屋に入り込んで使用しても、借主を相手に明渡し訴訟をすればよいということです。つまり、裁判の相手が固定されるということです。
また、この命令が出ると、執行官が部屋を訪れて、使用者や使用状況を確認しますが、これによって借主がギブアップし、本番の裁判をせずに自主的な明渡しに応じるというケースがあります。借主が普通の人なら、裁判所の執行官が来て、強制的に部屋に立ち入るようなことがあれば、大家さんと裁判をしようという気力がなくなってしまうこともあるのです。
Aさんの事件では、間もなく「占有移転禁止の仮処分」命令が出る予定ですので、近日中に執行官と一緒に貸している部屋に行くことになりますが、その時の様子も、機会があれば書いてみようと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。