賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
賃料増額請求をしてもいいですか?転勤中の自宅の賃貸借と賃料増額請求
日経平均株価が8月5日に4451円も暴落しました。この暴落の前の2取引日でも大きく下落していましたので、結局この3取引日の合計の下落額は7643円となり、下落率は19.5パーセントでした。
ネットの記事などによると、この暴落の原因の一つとして、2024年から新NISAを始めた個人投資家のパニック売りが挙げられています。
私も、新NISAをやっていますが、本来NISAは、長期間に渡って株や投信を保有し、長期的な値上がりによって得られる利益を、将来の生活資金などに充てるというものだと思っていますので、一時的に大きな下落があったからと言って、慌てて売る心理は分かりません。
ナスダックの長期チャートを見ると分かりますが、大きな下落が何度もありながら30年で10倍以上になっていますから、大きな下落があっても、持ち続けるのが安全確実だと思っています。
なんだか、政府広報のようになってしまいましたが、今回は、建物賃貸借の賃料増額請求のお話です。
最近、こんな相談がありました。
Aさん(45歳)は、商社に勤務しており、15年ほど前に都心にマンションを購入し、家族4人で居住していましたが、3年前にオーストラリアに海外赴任となったので、その際、自宅マンションをBさんに賃料月額20万円で賃貸することにしました。この20万円という金額は、住宅ローンの返済額から逆算した金額です。
Aさんとしては、今回の海外赴任は長期になるかもしれなかったので、定期建物賃貸借契約を選択せず、契約期間2年の普通建物賃貸借契約を選択しました。
ところが、会社の都合で、Aさんの海外赴任は2年ほどで終了し、11か月前に帰国しました。
Aさんとしては、Bさんに自宅マンションを返してほしいと思いましたが、既に1度目の合意更新をしてしまった後なので、契約を終了させることはできません。
仕方なく、当分の間は、賃貸マンションに居住しようと思い、あちこち探しましたが、ここ数年の賃貸マンションの賃料の高騰から、立地、広さ、グレードがAさんの自宅マンションと同程度の賃貸マンションの賃料相場は、Aさんが毎月Bさんから受け取っている賃料の1.5倍の月額30万円ほどでした。
Aさんとしは、住む家を確保しなければならないので、月額賃料30万円の賃貸マンションを借りましたが、自宅マンションの賃料としてBさんから月額20万円しかもらっていないのに、自分は月額30万円の賃料を払わなければならないことに納得がいきません。
そこで、Aさんが、ある不動産仲介会社に相談したところ、Bさんに対して賃料増額請求をしたらどうかと言われたそうです。
Aさんは、不動産仲介会社の言うとおり賃料増額請求をするべきか迷ってしまい、私の事務所に相談に来たのです。
私は、Aさんに、「今、賃料増額請求をするのは、あまりお勧めできません。」とアドバイスしました。
そもそも、賃料増額請求は、訴訟となった場合でも、裁判所が認める増額幅は、10パーセントから20パーセントくらいが限度です。
また、1度目の合意更新をしたばかりですから、その時点で、一旦賃料について合意していることになります。賃料増額の可否は、この合意後に生じた事情により判断されますので、合意をしたばかりであれば、考慮すべき事情がほとんどありません。
さらに心配なのは、更新拒絶のへの影響です。
借地借家法では、契約期間の定めのある普通借家契約の貸主が契約の更新を拒絶するには、期間の満了の1年前から6月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知をしなければならないと定められています。
この更新拒絶の通知をしておけば、貸主に正当事由があれば、契約期間の満了時に契約を終了させることができます。
正当事由とは、貸主が賃貸建物を自分で使用する必要性をいいますが、会社の都合で帰国し、やむを得ず家賃が高額な賃貸マンションに住んでいるAさんには、Bさんに貸している自宅マンションを使用する必要性があります。
もちろん、BさんにもAさんの自宅マンションを使用する必要があるはずです。
Aさんの正当事由が簡単に認められる訳ではありませんが、たとえ裁判となっても、ある程度の立退料を提示すれば、Aさんの正当事由は認められる可能性が高いと思います。
Aさんは、既に1回目の合意更新はしていますが、あと1年ほど待てば更新拒絶の通知ができます。
そのうえで、Aさんは、正当事由として、「会社の都合で帰国し、住む家がなかったので、仕方なく現在の賃貸マンションに住むことにした。しかし、現在賃借している賃貸マンションは、賃料額が高くて経済的負担が大きいので、一日でも早く自分のマンションを返してもらって住みたい。」と主張することになります。
しかし、もし今の時点で、Aさんが賃料増額請求をしたとなると、Aさんの上記の主張とは矛盾してしまいます。
賃料増額請求は、「このまま、このマンションを使用してもよいが、賃料を上げてほしい。」ということですから、この賃料増額請求と、「一日でも早く自分のマンションを返してもらって住みたい。」というAさんの主張とは、必ずしも一致しません。
もちろん、Aさんとしては、Bさんからもらう賃料が増えれば、その分、経済的な負担が軽くなるので、賃料増額請求をしたという説明はできますが、少し苦しい説明になります。
もう一つの方法として、賃料を月額30万円に増額しなければ、契約更新をしないという通知を出すことも考えられます。
この通知をした場合、万が一、Bさんが賃料増額を承諾してしまうと、自宅マンションを返してもらうことはできないというリスクはあります。
一方、Bさんが賃料増額を拒絶すれば、更新拒絶の効果は残りますので、Aさんに正当事由があるかどうかが問題となりますが、賃料増額を求めた以上、やはり自己使用の必要性の主張は、弱まってしまうように思います。
このように考えてくると、今の時点で単純な賃料増額請求をするのは、得策とは言えないことになります。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。