賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
部屋を使っているのは誰?事件~やっぱり入居時のチェックは厳密に!~
関東以西では梅雨が明け、夏本番となりました。とは言え、東京では、強烈な日差しがさしたかと思うと、ゲリラ豪雨が発生し、毎日不安定な天気が続いています。何日も猛暑日が続くのも困りますが、はっきりしない天気が続くのも、気分はよくありません。
そんな中、このはっきりしない天気のような釈然としない事件がありました。
この事件は、当初は、単なる家賃滞納の相談から始まりました。
都内にマンションを所有する大家さんのAさんが来所され、入居者のBさんが2ヶ月賃料を滞納しているので、賃貸借契約を解除したいという相談をされました。
私としては、2ヶ月分の賃料滞納だけでは契約解除は難しいので、次の家賃の支払日まで待ってみて、滞納家賃が3ヶ月分に達したら、滞納家賃の支払い催告兼解除通知を出しましょうとお答えしました。
次の家賃の支払日の翌日、Aさんから、家賃の支払いがなかった旨の連絡がありました。
そこで、私は早速、入居者B宛に、滞納家賃をこの書面を受け取ってから7日以内に支払うこと及びこの期間内に支払いがない場合は、自動的に契約を解除することを記載した内容証明郵便を発送し、同時に、同じ内容の書面を特定記録付郵便で発送しました。
特定記録郵便とは、日本郵便株式会社が行っているサービスで、郵便局が郵便物について引受けの記録として受領証を発行し、さらに、この受領証に記載されているお問い合わせ番号により、日本郵便株式会社Webサイト等でこの郵便物の配達状況を確認できるというものです。配達自体は、普通郵便として郵便受けに投函してくれますので、相手方は受け取りを拒否することができませんが、配達されたことは確認できるというものです。
入居者Bは、内容証明郵便は受け取りませんでしたが、当然特定記録郵便は入居者Bのポストに投函されました。その後、書面に記載した催告期間7日間の経過を待ちましたが、その間に滞納家賃の入金がなかったので、契約は解除されたと判断し、いよいよ建物明渡し訴訟の準備に入りました。
ところが、訴状の作成中に、大家さんから、「どうも、今部屋にいるのは、契約書に記載された入居者Bさんではないらしいが、名前も素性もわからない。」という連絡が入りました。
さあ、こうなると大変です。訴訟の判決というのは、訴訟の当事者となった人にしか効力はありません。建物明渡し訴訟であれば、入居者を被告とした場合、判決は入居者に対してしか効力はありません。もちろん、入居者の家族などは、入居者が部屋を使用する権利の恩恵を受けているにすぎませんので、入居者に対する判決で明け渡しを求めることができます。しかし、入居者と無関係の第三者が部屋を使用しているときは、入居者に対する判決では、その第三者に部屋の明け渡しを求めることはできないのです。
このような場合、建物明渡し訴訟の被告として、入居者以外に現在部屋を使用している第三者を加えればよいのですが、その人の名前がわからなければ、訴訟の被告に加えることができません。
もちろん、対策がないわけではなく、占有移転禁止仮処分という手続き(この手続きについては、稿を改めて詳しく説明します。)をとり、裁判所の執行官と一緒に貸している部屋を訪れ、部屋にいる人間の名前や素性を問いただすという方法があります。そこで、大家さんと相談して、占有移転禁止の仮処分の申立ての準備に入りました。
ところが、さらにAさんから連絡があり、「今この部屋を使っているというCさんから、引越し作業をするという申し出があったので、退去に立ち会うことになったという連絡が管理会社からありました。」と言われました。
私は、Aさんに、「今部屋を使っているのはCということですが、管理会社は、契約者ではないCが部屋を使っていると分かったのに、何もしないのですか。引っ越し作業の時、Cに事情を問いただすように管理会社に言ってください。」とお願いしました。
しかし、Aさんが管理会社に私の指示を話したところ、管理会社は、「そういうことをしたことがないので不安だ。弁護士に立ち会ってもらいたい。」という返事だったそうです。
賃貸物件の管理をしている管理会社が、このようなことでは困るのですが、私としては、今の入居者の名前や素性を確認し、さらに、どうしてこの部屋を使うことができたのか、事情を聴く千載一遇のチャンスでしたので、引っ越し作業の現場に出かけ、Cに事情を聴きました。
Cは、悪びれもせず、「知り合いの不動産屋さんの紹介でここを短期で使わせてもらうことになり、ちゃんと使用料もその不動産屋さんに3か月分払った。3か月前に入居したときには、部屋の中には何もなかった。今部屋にあるものは、全部自分のものだ。」と説明しました。この不動産屋というのは、Bが入居した際に、この部屋を仲介した不動産屋でした。
Cの説明どおりであるとすると、Bは、自分がこの部屋を借りたときに仲介した不動産屋を管理会社であると勘違いし、この部屋から退去する際に、この不動産屋に連絡して鍵を返してしまったのではないかと思います。そして、この不動産屋は、鍵が手に入ったことをいいことに、何ら権限がないのに、この部屋を勝手にCに使わせ、Cからもらった使用料を着服してしまったのかもしれません。
とりあえず、私は、Cの説明をその場で書面化してCの署名捺印をもらうとともに、Cの運転免許証のコピーをとらせてもらい、携帯電話番号と職場を聞きました。また、この部屋の明け渡しをしたこと、残置物の所有権を放棄すること、大家のAさんが残置物を廃棄しても異議を述べないことを書いた書面にも署名捺印してもらいました。その上で、鍵を全部返してもらい、受領書をCに渡しました。
Cの話が本当なら、Bが明け渡した後にCがこの部屋に入居し、そのCもこの部屋を明け渡したということになります。また、部屋に何か残っていても、所有者であるCが所有権を放棄して廃棄を承諾しているので、廃棄しても問題ありません。Aさんとしては、占有移転禁止の仮処分も明渡し訴訟もしないで、部屋の占有を取り戻したことになります。
もっとも、管理会社の記録では、この部屋に関して、今回のCの退去より前に大きな引っ越し作業が行われた形跡はないとのことです。そうすると、Bは、いつ出て行ったのでしょうか。また、Cは、いつ引っ越してきたのでしょうか。もしかすると、BもCも問題の不動産屋もみんなグルで、Bは名義を貸しただけで、最初からCが入居していたという可能性もあります。
何とも釈然としない話ですが、この話から見えてくる教訓は、やはり前回のコラム「2016年7月号 連帯保証人を巡る2つの話題(人選は慎重に、請求は迅速に!)」と同様に、入居時の確認を厳密に行うことです。まず入居者について、印鑑証明書と顔写真付きの身分証明書で本人確認をし、また、勤務先が分かる書類(社員証や源泉徴収票)で収入確認をしなければなりません。
キチンとした仕事を持っている素性の明らかな人を入居させることが、トラブル防止の第1歩です。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。