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少額訴訟の被告となった大家さんは、どうすべきか?~少額訴訟手続の特徴~その3
2週続けて週末に台風が来たので、ずっとスッキリしない天気が続いていましたが、ここ数日は、爽やかな秋晴れになりました。それとともに気温も下がり、いよいよ冬が近ずいて来ている感じです。
さて、今日も前回の少額訴訟のお話の続きです。
少しおさらいをすると、私の依頼者のAさんは、Aさんが所有しているマンションの一室を借りていたBさんから、敷金320,000円の返還を求める少額訴訟を起こされました。しかし、Aさんは、少額訴訟手続きでの審理について異議を述べたので、この事件は、通常訴訟手続きで審理されることになりました。
私とAさんは、第1回目の裁判期日に出頭し、裁判官に、次回までに反論の書面と証拠を提出することを約束し、第2回目の裁判期日を約1ヶ月半後の日に決めてもらい、第1回目の裁判期日は終わりました。
ここまでが前回の話ですが、その後、この事件は、どうなったでしょうか。
Aさんと私は、第2回目の裁判期日に備えて打ち合わせを行い、反論の書面と証拠を作りました。
通常の民事訴訟では、主張を書いた書面を、「準備書面」と呼んでおり、また、証拠は、原告の証拠が甲号、被告の証拠が乙号と呼ばれ、提出順に番号がつけられます。たとえば、原告が3つの証拠を出したとすると、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証となります。
Aさんの主張は、契約書にクリーニング費用をBさんに負わせる特約が記載されていることとBさんが破損した設備などの原状回復費用を支払ってもらうことです。
そこで、打ち合わせでは、このAさんの主張の内容を整理して、裏付けとなる証拠を、一つ一つ確認しました。
まず、クリーニング費用をBさんに負わせる特約は、既にBさんが提出した証拠の中に契約書(甲第1号証)がありましたので、その契約書を見て確認しました。その上で、クリーニング費用86,400円の領収書をAさんから預かり、コピーしました。この領収書が、乙第1号証になりました。
では、この主張を準備書面に書くと、どうなるでしょうか。
クリーニング費用はBが負担することが契約書に記載されている(甲1)。
被告(A)は、本件貸室のクリーニングを行い、クリーニング費用86,400円を支払った(乙1)。
従って、被告は、原告(B)に対して、86,400円の請求権がある。
ただこれだけです。意外と簡単だと思いませんか。
弁護士が書くと、もう少し専門的な表現になりますが、言いたいことは上記のとおりですから、弁護士に依頼せずにご本人で裁判に臨むような場合は、上記のような書き方で十分です。
次に、Bさんが破損した設備などの原状回復費用ですが、破損の主な内容と修理費の金額は、次のとおりです。これらの破損については、全て写真(全部で18枚)が撮影されており、また、それぞれの修理費用の領収書(6枚)もありました。
領収書6枚には、乙第2号証から乙第7号証までの番号をつけました。また、写真は、1枚ずつA4の紙に貼り、18ページの冊子にして写真撮影報告書という題を記載した表紙をつけ、乙第8号証としました(写真には、1から18までの番号をつけました。)。
フローリングの大きな傷 10箇所(修理費129,600円)
壁の下地まで達する大きな穴 1箇所(修理費64,800円)
鉄製の入口ドアの内側の凹み 2箇所(修理費64,800円)
引き戸の大きな傷 3箇所(修理費43,200円)
窓ガラスの亀裂 1箇所(修理費10,800円)
洗面所のボールの割れ 1箇所(修理費43,200円)
では、この原状回復費用の主張を準備書面に書くと、どうなるでしょう。
たとえば、フローロングの傷は、次のように書きます。
本件貸室の床には、原告の退去時に10箇所の大きな傷があった(乙8の1から10)。
これは、原告の通常の使用の範囲を超える使用により発生した傷である。
被告は、これらの傷を修理業者に修理させ、修理代金129,600円を支払った(乙3)。
従って、被告は、原告に対して、129,600円の請求権がある。
これも、それほど難しいことは書いていません。
ただ、2行目の「通常の使用の範囲を超える使用」というのは、ちょっと専門的な表現なので、難しいかもしれません。わかりやすく言うと、普通の使い方ではつかない傷ですよという意味です。借主が普通の使い方ではない使い方によって破損や汚れを生じさせた場合に、借主は原状回復義務を負うので、この一文は必ず書かなければなりません。
他の破損についても、同じように書いていきます。
このように特約によるクリーニング費用と原状回復費用を全て列挙し、その合計を計算したところ442,800円になり、原告の請求金額の320,000円より122,800円多くなりました。
そこで、準備書面の最後に、原告の請求権とこちらの請求権を対等額で相殺し、残った122,800円は、反訴を提起する予定であると記載しました。
準備書面や証拠は、裁判期日の1週間前までに裁判所と相手方に提出するルールになっていますので、上記のようにして作成した準備書面と証拠を、裁判期日の1週間前に裁判所に提出し、Bさんに郵送しました。
1週間前に提出するのは、裁判官や相手方が、事前に準備書面を読んで内容を把握する時間的余裕を与えるためです。
このような準備をして裁判期日に臨んだところ、裁判官は、こちらの主張をほとんど認めてくれました。
まず、特約については、有効な特約であることを認めてくれました。
次に、本件貸室の破損については、一つ一つ原告に確認しました。これに対してBさんは、全ての破損の存在を認めたものの、引き戸の傷やガラス窓の亀裂は自分が壊したものではないなどと主張しました。
しかし、本件では、退去立会いの際に、AさんとBさんが一緒に破損部分を確認しており、さらに、Aさんは、それらの破損が原告の行為によるものであることを認める書面に署名していました。こちらは、この書面を乙第9号証として提出していましたので、Bさんの上記の主張は認められませんでした。司法委員も同じ意見でした。
この書面は本件での被告の立場をかなり有利にしました。やはり、退去立会いを行うことと、その際、破損部分と原因を確認した書面を作成することは、とても大切なことなのです。
結局、裁判官と司法委員は、Bさんが20,000円を支払うという和解案を提案し、双方がこれを受けいれて和解が成立しました。
Aさんとしては、129,600円全額を請求したいと考えていましたが、判決になったときは、特約が有効であることやBさんに原状回復費用を負担する義務があることが認められても、Aさんが払った領収書の金額が、全て認められるとは限らないので、和解に応じることにしました。
きちんと証拠を確保しておくことが、よい結果を生むというお手本のような事件でした。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。