専門家のアドバイス
大谷郁夫

賃貸経営の法律アドバイス

賃貸経営の法律
アドバイス

弁護士
銀座第一法律事務所
大谷 郁夫

2015年6月号

賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。

賃料の値上げ(増額)手続き

 ついこの間ゴールデンウィークを過ごしたばかりと思っていたら、あっという間に5月も終わり、紫陽花のきれいな季節となりました。気温の高い日が続き、少しずつ湿度も上がってきています。そろそろ梅雨入りですね。

 さて、今回は、賃料増額のお話です。
 何年か前は、景気が良くなかったせいもあって、東京のオフィスビルの賃料は下落傾向にあり、ちょっとした交渉で賃料を下げてもらったという話をよく聞きました。
 しかし、最近は、景気が少し良くなってきたのか、あるいは単なるバブルなのか、東京のオフィスビルの賃料は上昇傾向にありますので、これからは大家さんから賃料の値上げの話もでてきそうです。

 この賃料の値上げ(増額)には、いろいろと落とし穴がありますので、注意が必要です。
 たとえば、東京都千代田区内にあるビルのワンフロアを賃料1ヶ月50万円で貸している大家さん(Aさん)が、賃料を月額10万円増額して欲しいときはどうすればいいでしょうか。
 まず、Aさんは、借主に対して、賃料を10万円増額することを請求する書類を送ります。この書類は、後でお話しするように、いつ請求したかを証明することが必要になりますので、配達証明付きの内容証明郵便で出しておくとよいでしょう。
 しかし、この書類を送ったからといって、Aさんの言うとおりに増額になるわけではありません。Aさんが賃料の増額の請求をし、借主がその増額を認めたとき、つまりAさんと借主が賃料の増額に合意したときに、初めて賃料は増額となります。
 従って、当然のことですが、Aさんが賃料の増額を請求しても、借主との合意ができるまでは、今までどおりの賃料、すなわち増額前の1ヶ月50万円の賃料しかもらえません。

 では、Aさんと借主との間で賃料の増額について話がまとまらない場合は、どうなるのでしょうか。
 この場合、Aさんは、裁判所に調停の申立をしなければなりません。賃料の増額や減額は、調停前置主義と言って、1度調停をした後でなければ訴訟を起こすことができないことになっています。
 賃料増額を求める調停は、原則として物件の所在地を管轄する簡易裁判所に起こさなければなりませんので、Aさんは、東京都千代田区を管轄する簡易裁判所である東京簡易裁判所に申立をします。
 申立をすると、双方が簡易裁判所に出頭して、適切な家賃がいくらなのかを話し合います。調停期日は、だいたい1ヶ月に1回のペースで開かれますので、Aさんと借主は、1ヶ月に1回のペースで東京簡易裁判所に出頭し、それぞれの意見を述べることになります。
 多くの場合は、お互いに近隣の家賃相場についての不動産業者の意見書などを提出したりしますが、不動産鑑定士の作成した報告書を提出することもあります。

 この調停で、賃料の増額について話し合いがまとまらないときは、調停は不成立となります。この場合、Aさんがどうしても賃料を増額したいならば、裁判所に賃料増額を請求する訴訟を提起することになります。
 今度は、調停ではなく訴訟ですので、話し合いをするのではなく客観的な証拠を出し合って、適切な賃料を立証していくことになります。訴訟では、不動産鑑定士に賃料の鑑定をお願いすることが多いのですが、Aさんのような1ヶ月10万円の増額の事案でも、30万円から50万円の鑑定料を取られることがあります。

 それから、注意しなければならないのは、新規賃料と継続賃料の違いです。
 新規賃料とは、これから物件を貸す場合の賃料ですので、需要と供給との関係により市場で決まる賃料です。言わばその地域の相場です。
 これに対して、継続賃料とは、既に賃貸借契約が成立している特定の物件についての賃料です。従って、単純に相場で決まるのではなく、過去に支払ってきた賃料額、現在の賃料額、当事者間のこれまでの経緯や事情などが考慮されます。
 賃料増額請求の場合の賃料とは、この継続賃料のことですので、単純に現在の賃料がその地域の相場より安いから、相場までの増額が認められるというわけではないのです。
 相談をされる方の中には、現在の賃料が相場より安いから相場までは増額が認められるべきだと言われる方がいらっしゃいますが、そう単純ではないのです。
 Aさんの場合は、月額50万円の賃料を月額10万円増額したいということですが、20パーセントの増額になりますので、月額50万円という賃料がその地域の相場から見て相当安いということでなければ、なかなか認められないでしょう。

 このように、賃料増額を求める訴訟は一筋縄ではいきませんが、仮にAさんの請求が認められた場合には、Aさんは、増額請求をしたときに遡って、裁判所が認めた賃料額と借主が支払ってきた賃料額の差額を請求することができます。しかも、借主は、この差額に10パーセントの利息を付けて支払わなければなりません。
 増額請求をしたときに遡りますので、増額請求をした時期を立証できるように、配達証明付き内容証明郵便を使って増額請求をしておくのです。

 最後に、賃料増額や減額の手続きを弁護士に依頼する場合、どれくらいの弁護士費用がかかるのでしょうか。
 一般的には、希望する増額金額の7年分を基準として、その5%前後が着手金と言われています。たとえば、Aさんの場合は、月額10万円の増額請求ですから、その7年分の840万円を基準として、その5パーセントに当たる42万円が着手金となります。報酬金は、増額が認められた金額の7年分の10%前後でしょう。

 賃料の増額請求は、鑑定費用や弁護士費用もかかり、しかも単純に相場どおりの賃料まで増額が認められるわけではありませんので、よく考えてから始めるべきです。私の依頼者にも、上記の説明を受けて、「もう少し我慢します。」という方がときどきいらっしゃいます。

 次回は、更新料と敷金の返還のお話をします。

※本コンテンツの内容は、記事掲載時点の情報に基づき作成されております。

大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士

銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/

平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。