賃貸経営に関する法律について、現在、賃貸経営を営まれている方はもちろんこれから賃貸経営を始めようとお考えの方に知っていただきたいポイントをわかりやすく解説しています。
明け渡し
【Q 賃貸借契約締結の際、借主と一緒に貸室の状態を確認した方がいいでしょうか。また、その際に注意すべき点は何ですか。】で説明しましたように、借主は、自分のミスで壊したり汚したりした部分について、修理して元に戻す義務があります。もし、自分で修理できないのであれば、修理費を負担する義務があります。この修理費を、原状回復費用と呼びます。
たとえば、借主が部屋のガラスを割ったり、壁にシミをつけたりした場合は、ガラスの修理費やシミのある部分の壁紙の張替費用は、借主が負担しなければなりません。
しかし、借主が部屋のガラスを壊したり、壁紙を汚したりしたことを証明する責任は、大家さん側にあります。
そこで、大家さんは、賃貸借契約の締結の際と借主の退去の際に、借主と一緒に貸室の室内に入り、破損や汚れの状態を確認する必要があります。
退去時は、契約締結時に作った写真や文書を見ながら、入居前にはなかった新しい傷や汚れがないか確認します。
契約締結時に作った写真や書面にない新しい傷や汚れがあれば、それを確認し、契約締結時と同じ方法で、写真や書面に残します。
この作業は、非常に神経を使う疲れる作業です。
契約締結時の確認の際に見つかる傷や汚れは、借主には責任のないものですから、借主は、その確認に協力的です。
これに対して、退去時に新たに確認された傷や汚れは、原則として借主が修理費を負担しなければならないものですから、借主は、当然その確認に協力的ではありません。
こういうシビアな作業に慣れていない大家さんは、早くこの作業を終わらせようと、どうしても妥協しがちです。
しかし、この退去時の確認によって発見された傷や汚れの修理費は、【Q 敷金を返還する場合、敷金から差し引いてよいのは、どのようなお金ですか。】で説明するように、敷金から差し引くことができますので、頑張ってきちんと確認作業をしてください。
契約期間の満了により借主が退去する場合は、契約期間の満了日に契約は終了しますので、その日が借主の退去期限です。
また、中途解約で借主が退去する場合は、中途解約に関する契約書の記載によって借主の退去期限は決まります。一般的な契約書では、中途解約について「乙は、甲に対して少なくても1月前に解約の申し入れを行なうことにより、本契約を解除することができる。」と書いてあります。
そこで、借主は、この契約書に決められた期間をおいて、例えば7月末に、大家さんに対して、「8月いっぱいで出ていきます。」と解約の申し入れをします。
このような解約の申し入れがあると、「8月末日」に契約は終了しますので、この日が借主の退去期限になります。
もちろん、借主が、上記の退去期限より前に部屋から出ていくのは自由です。このため借主が早めに出ていくこともありますので、大家さんとしては、借主が実際に出ていく日を聞いておき、退去時の立合いの機会を失わないようにしましょう。
明け渡しというのは、その部屋にある借主のものを全て片づけて、入居前の状態に戻した時に、初めて完了します。
従って、借主が出て行っても、家具などの不用品が残っていると、明け渡しは完了していません。まだ借主が部屋を使用している状態が続いています。
そのまま退去期限を過ぎれば、契約は終了し、借主が部屋を使う権利はなくなります。借主は、権利もないのに部屋を使い続けていることになります。大家さんは、不用品が片付かない限り、次の人に部屋を貸して家賃をもらうことができませんので、家賃分の損害を受けていることになります。これを賃料相当損害金といいます。
そこで、大家さんは、出て行った借主に対して、退去期限から不用品の片付けが完了するまでの賃料相当損害金を、請求することができるのです。例えば、1カ月の賃料が6万円で、借主が、退去期限の1カ月後に不用品の片づけを完了したとすると、大家さんは6万円の賃料相当損害金を借主から取ることができるのです。借主から取ると言っても、実際には、敷金から差し引くことになります。
仮に、建物賃貸借契約書に、借主は、退去期限後、明け渡し完了までの間は、賃料の2倍の賃料相当損害金を支払わなければならないという条項があると、このような条項は有効ですから、大家さんは、借主から、賃料の2倍の賃料相当損害金を取ることができます。上記の例では、大家さんは12万円の賃料相当損害金を借主から取ることができるのです。
【Q 借主の退去後に、ゴミや荷物が残っていても明け渡しが完了したことになりますか。】で説明しましたように、大家さんは、出て行った借主に対して、退去期限から不用品の片付けが完了するまでの賃料相当損害金を、請求することができます。
しかし、借主が残していった不用品をきちんと片付けてくれるという保証はありません。借主がいつまでも片付けてくれない場合は、どんどん賃料相当損害金が増えていき、あっという間に敷金の額を超えてしまいます。敷金を賃料相当損害金で使い切ってしまうと、ほかの費用を差し引くことができなくなります。
従って、借主が残していった不用品は、大家さんが勝手に処分してしまった方が得策ですが、たとえ借主が残していった物でも、勝手に処分すると後で責任を問われる場合があります。
しかし、契約書に次のような所有権放棄条項があれば、大家さんが勝手に処分しても、後で責任を問われることはありません。念のため、退去時の立ち合いの際に、借主に、残していった物を捨てることを伝えてください。
もし、このような条項がなければ、退去時の立ち合いの際に、次のような所有権放棄書をとってください。
所有権放棄書
私は、本日○○区○丁目○番○号所在の△△アパート✕✕号室を明け渡しました。残置物については所有権を放棄し、賃貸人において処分しても一切異議を述べません。
また、処分に要した費用は、私の負担とします。
令和○年○月○日
借田 部屋夫 印
この所有権放棄書をとった場合でも、不用品の廃棄にかかった実費は借主の負担ですから、敷金から差し引いてかまいません。
【Q 賃貸借契約締結の際、借主と一緒に貸室の状態を確認した方がいいでしょうか。また、その際に注意すべき点は何ですか。】で説明しましたように、建物の賃貸借契約の借主には、契約が終了したら、借りた部屋を借りた時の状態に戻して、大家さんに返還する義務があります。これを、借主の原状回復義務といいます。
従って、借主は、貸室内の自分の所有物一切を撤去して、貸室を空っぽにするとともに、自分のミスで壊したり汚したりした部分について、修理して元に戻す義務があります。もし、自分で修理できないのであれば、修理費を負担する義務があります。この修理費を、原状回復費用と呼びます。
上記のとおり、借主は、自分のミスで壊したり汚したりした部分について、修理して元に戻す義務があります。
これに対して、借主は、借主が普通に使うことによって壊れたり汚れたりした部分(通常損耗)や時間の経過によって自然に古くなって壊れたり汚れたりした部分(経年変化)を元に戻す義務はありません。
通常損耗や経年変化の修理費は、毎月大家さんが借主から受け取っている賃料に含まれているので、通常損耗や経年変化を元に戻す作業は、法律上、原則として大家さんがやるべきことなのです。
従って、借主の原状回復義務の範囲は、原則として借主のミスで壊れたり汚れたりした部分を元に戻すところまでということになります。
そこで、借主のミスで壊れたり汚れたりした部分と通常損耗や経年変化の区別がとても重要になります。
具体的に、借主のミスで壊れたり汚れたりした部分とはどこまでで、通常損耗や経年変化とはどこまでなのか、ということです。
この区分については、東京都住宅政策本部作成の「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」に分りやすく説明されています。
「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」→東京都住宅政策本部のページにリンクします。
国土交通省住宅局の作っている原状回復をめぐるトラブルとガイドラインにも、両者の区別を細かく説明されています。
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」→国土交通省のページにリンクします。
ちなみに、東京都のガイドラインによると、次の部分の修理費用は、通常損耗や経年変化の修理費用として、大家さんの負担とされています。
- 特に破損していないにもかかわらず、次の借主のために行なわれる畳の裏返し、表替え
- 日照や建物の欠陥による雨漏りなどで発生した畳の変色
- フローリングのワックスがけ
- 日照や建物の欠陥による雨漏りなどで発生したフローリングの色落ち
- 家具や電気製品を設置したことによる床やカーペットの凹みや跡
- テレビや冷蔵庫などの後部の壁の黒ずみ
- 借主所有のエアコンを設置したことによる壁のビス穴や跡
- 日照などによるクロスの変色
- ポスターや絵画を貼ったことによりできた壁の跡
- 下地ボードの貼り替えを要しない程度の壁にあいた画鋲やピンなどの穴
- クリーニングで除去できる程度のタバコのヤニ
- 地震で割れたガラス
- 自然に発生した網入りガラスの亀裂
- 特に破損していないにもかかわらず、次の借主のために行なわれる網戸の張替え
- 耐用年限到来による設備機器の故障、使用不能
- 特に破損していないにもかかわらず、次の借主のために行なわれる浴槽、風呂釜等の取替え
- 破損や鍵の紛失などがないにもかかわらず行なわれる鍵の取替え
- 台所及びトイレの消毒
- 専門業者による貸室全体のハウスクリーニング
【Q 借主の原状回復義務をとはどのような義務ですか。また、借主が原状回復義務を負うのはどこまでですか。】 で説明しましたように、借主の原状回復義務の範囲は、原則として借主のミスで壊れたり汚れたりした部分を元に戻すところまでということになります。
これに対して、通常損耗や経年変化を元に戻す作業は、大家さんがやるべきことです。
このように、通常損耗や経年変化を元に戻す作業は、大家さんがやるべきことですから、その費用は大家さんが負担しなければなりません。
借主の原状回復義務の範囲を広げる特約とは、この大家さんが負担するべき通常損耗や経年変化を元に戻す費用を、借主に負担させる特別の約束ということになります。
最高裁判所は、敷引き特約の有効性を認めた判決で、次のように述べています。
「通常損耗等の補修費用は、賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても、これに充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には、上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されていると見るのが相当」である。
これは何を言っているのかというと、「通常損耗等の補修費用は、普通は賃料の中に含まれていて、大家さんは賃料をもらうことによってこの費用を回収しているが、この事件の大家さんと借主は、通常損耗等の補修費を、賃料とは別に敷引金によって払うことを約束しているのだから、賃料の中には、通常損耗等の補修費用は含まないという約束があったとみることができる。」ということです。
このように、最高裁判所は、通常損耗等の補修費を、賃料とは別に借主から受け取る特約の有効性を認めていますので、通常損耗や経年変化を元に戻す作業の費用を借主が負担する特約は有効であると言えます。
借主の原状回復義務の範囲を広げる特約は、契約書に、抽象的に「通常損耗や経年変化の修理費用は、借主の負担とする。」と記載しただけでは、ほとんど効力が認められません。
このような書き方では、借主は、契約書に判子を押す際に、契約が終了して退去するときに、どの部分の修理費用を負担させられ、それがどういう計算で、最終的にいくらになるのか、全く分からないので、借主は、自分が負担するお金について十分に理解した上で、納得して契約したとは言えないからです。
【Q 借主の原状回復義務の範囲を広げる特約は有効ですか。】で紹介した最高裁判所の判決も、契約書に敷引き金の額が明記されており、借主が契約する際に、敷引き金の額を明確に認識していたことを重視しています。
また、契約書に金額は明記してあれば、いくらでもいいというわけではありません。上記の最高裁判所の判決は、月額家賃の3.5倍程度までは認めています。
こうした最高裁判所の判決からすると、借主の原状回復義務の範囲を広げる特約は、次のような点に注意して記載することになります。
- どの部分の通常損耗や経年変化の修理費なのかを明確にすること(何の費用か)
- 借主が負担する金額の目安を明らかにすること(いくらになるか)
- 無理な要求をしないこと(取り過ぎていないか)
実際には、次のように記載するとよいでしょう。
(特約)
下記の通常損耗や経年変化の修理費用は、借主の負担とします。
1.明け渡し後の貸室全体のクリーニング費用 35,000円
2.エアコンのクリーニング費用 15,000円
3.台所及びトイレの消毒費用 10,000円
東京都内にあるアパートやマンションの場合には、東京ルールを考慮して、次の一文をつけておくと安心です。実際に、このような表現の特約を有効と認めた裁判例もあります。
「これらの費用は、本来甲(賃貸人)が負担すべきものですが、乙(賃借人)にご負担をお願いするために、特約として記載しています。」
上記のような特約は、明らかに大家さんに有利な特約であり、借主に特別な負担をさせるものですから、契約締結時に、上記の特約の内容を借主によく説明し、理解してもらってください。できれば、上記の特約を書き出した書面を作り、読み上げて説明し、この書面に借主の署名・捺印をもらって下さい。
改正民法における原状回復義務の取り扱いは、次のとおりです。
① 借主は、入居後に建物に生じた損傷について原状回復義務を負う。
② 上記の損傷には、通常の使用によって生じた損傷(通常損耗)や経年劣化は含まれない。
③ 借主は、借主の責めに帰することができない事由による損傷については、原状回復義務を負わない。
これらの取り扱いは、これまでの裁判所の判例及び実務と同じであり、今回の改正により、これまでの判例及び実務の取り扱いが明文化されたものにすぎません。
また、改正民法の原状回復についての規定も任意規定ですから、賃貸人と賃借人が合意すれば、通常の使用によって生じた損傷(通常損耗)や経年劣化について、借主に原状回復義務を負わせることができます。
東京都には、東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例があり、この条例に基づくルールを、東京ルールと呼んでいます。
東京ルールは、借主が退去した後の原状回復費の負担などについて、宅地建物取引業者に一定の説明義務を課したものです。
この条例は、次のサイトで見ることができます。→東京都住宅政策本部のページにリンクします。
まず、東京ルールは、宅地建物取引事業者が東京都内の居住用建物の賃貸借契約の代理や媒介を行う場合に守らなければならないルールです。あくまで宅地建物取引業者を対象としたものであり、大家さんは対象となっていません。
従って、大家さんと借主が直接契約内容について話し合い、契約書に署名してもらう場合は、この東京ルールの適用はありません。
次に、ルール自体の内容ですが、宅地建物取引業者は、賃貸借契約の締結前に、次のことを借主に説明し、その内容を書いた書面を借主に渡さなければなりません。
- 通常損耗等の修理費や入居中の修繕費は、本来大家さんが負担するべきものであること
- 通常損耗等の修理費や入居中の修繕費を、借主に負担してもらう特約、つまり大家さんに有利な特約があるときは、その内容
- 入居中の修繕などに関する連絡先
東京都の大家さんの中には、東京ルールの内容を誤解し、「東京ルールがあるから、通常損耗等の修理費や入居中の修繕費を、借主に負担してもらう特約は無効です。」と言う方がいます。しかし、上記のとおり、東京ルールは、あくまで宅地建物取引業者の説明義務についてのルールですから、大家さんに有利な特約の効力とは関係ありません。従って、東京ルールがあっても、通常損耗等の修理費や入居中の修繕費を、借主に負担してもらう特約は有効です。
上記の事案のように壁紙を貼り替えれば、壁紙は新しいものになります。また、壁紙にはいろんなグレードがありますので、高価な壁紙を貼れば、それだけ部屋の価値も上がります。
このように借主が借りている部屋の価値を高めるような費用を支出した場合、大家さんに、その費用を請求することができます。これを有益費償還請求権と言います。
借主が有益費の償還を請求できるのは、賃貸借契約が終了して部屋を明け渡すときです。
また、借主が有益費の支払いを請求できるのは、契約が終了して部屋を明け渡すときに、まだ有益費の支払いによって増加した部屋の価値が残っている場合に限ります。
たとえば、借主が、30万円かけて元々あった壁紙よりグレードの高い壁紙に貼り替えたとします。
この壁紙の貼り替え後、直ぐに契約が終了して借主が部屋を明け渡すときは、借主は、この壁紙の貼り替え費用のほとんどを、有益費として請求することができます。
しかし、借主が、壁紙を貼り替えてから何年も部屋に住み続けた場合は、借主が貼り替えた壁紙は古くなり汚れてしまいます。このため、壁紙の貼り替えによって増加した部屋の価値も、元に戻ってしまいます。
このような場合には、有益費の支払いによって増加した部屋の価値が残っているとは言えません。従って、借主は、壁紙の貼り替えの費用を、ほとんど大家さんに請求できません。
まず、契約書に有益費償還請求権を認めない条項があれば、有益費償還請求は認められません。しかし、既に契約を締結してしまっている場合は、新たに有益費償還請求権を認めない条項を付け加えることは困難です。このような場合は、借主の工事自体を阻止するしかありません。
たとえば、上記の事案のように壁紙を張り替えようとしている場合、元々貼ってあった壁紙を剥がして捨て、さらに新しい壁紙を貼るというのは、改修工事に当たります。通常、賃貸借契約書には、借主が建物を無断で改修工事をすることを禁止する条項がありますので、このような改修工事を無断で行うと、契約上の義務に違反することになります。
また、たとえ無断改修を禁止する条項がなくても、元々あった設備を取り外したりするのは、やはり借主の建物の善管義務に違反しています。
したがって、もし借主が工事を強行しようとする場合は、契約を解除する理由になります。
ですから、借主が工事を強行しようとする場合は、直ちに工事を止めるように求め、従わない場合は解除すると警告して下さい。
こうした警告を受ければ、借主は工事を止めるはずです。
借主が、大家さんの同意を得て、借りている部屋に設備を取り付けた場合、借主は、契約が終了して退去するときに、大家さんの同意を得て取り付けた設備について、大家さんに買い取ってもらうことを請求する権利があります。
これを、造作買取請求権と言います。借りている部屋に取り付ける設備のことを「造作」といいます。この「造作」を、大家さんに買い取ることを求める権利なので、造作買取請求権と言います。
借主がこの造作買取請求権を行使すると、大家さんは、借主が取り付けた設備を、相当の値段で買い取らなくてはならなくなります。借主は、一方的に「買い取って下さい。」という申し出だけをすればよく、大家さんには、断る権利がありません。買い取った後は、大家さんの物になりますが、次の借主を募集する際に邪魔になるような設備の場合、大家さんは、自分の費用で撤去しなければならなくなります。代金を払った上に、撤去費用まで負担しなければならないのです。
造作買取請求権は、次の2つの方法で排除することができます。
第1の方法は、最初に借主と契約を結ぶときに、造作買取請求権を排除する特約を契約書に入れておく方法です。造作買取請求権を排除する特約が有効であることは、法律が明確に認めています(ただし、平成4年8月1日より前に契約している場合は、造作買取請求権を排除する特約は無効です。)。
具体的には、次のような条項を契約書に入れて下さい。
しかし、既に契約を交わしている借主については、新たに造作買取請求権を排除する特約を契約書に入れることができません。
この場合には、借主から設備の取付けの承諾を求められたときに、取り付けた設備は、契約が終了したときに必ず撤去し、造作買取請求権を行使しないことを約束させておくという方法があります。
覚書
私が、○○区○丁目○番○号所在の△△アパート✕✕号室(以下、「本件貸室」といいます。)に設置した下記物件については、本件貸室を明け渡すときは、私の費用で撤去し、賃貸人に対してその買い取りを請求しません。記
温水洗浄便座 1台
令和○年○月○日借田 部屋夫 印
造作買取請求権が認められるのは、あくまで大家さんの「同意を得て」、借主が部屋の内外に設置した設備です。従って、大家さんとしては、この同意をするときに、取り付けた設備は契約が終了したときに必ず撤去し、造作買取請求権を行使しないという約束をさせるのです。もし、借主がこの約束を拒否したら、大家さんは、同意をしなければいいのです。
敷金とは、分かり易く言いますと、借主が家賃その他の支払いができなくなったときに備えて、大家さんが借主から預かるお金です。
「支払いができなくなったときに備えて」というのは、最終的には、借主が支払えないお金を、その敷金から差し引いてよいという意味です。
例えば、借主が家賃1月分を支払わずに出て行ったときは、敷金からこの家賃1ヶ月分を差し引いて、残りを借主に返還することになります。
このように敷金というのは、大家さんの借主に対する債権を回収する手段です。このため、敷金は、大家さんにとって「担保」の役割を果たすと言われます。
敷金をどれくらい受け取っていいのかについては、特に規制はありません。更新料については、受け取ってよい金額に一定の限度がありますが、敷金にはこのような限度はありません。
もっとも、実際には、その地域の慣習や賃貸市場の動向などによって、敷金の金額は大体決まってしまいます。その地域で通常支払われている敷金を大きく上回る額の敷金を要求すれば、誰もその部屋を借りなくなるからです。
東京の居住用建物の賃貸借では家賃の2か月分というのが普通ですが、京都などでは家賃の4か月分をとる契約もよくあります。
また、ビルのフロアを会社などの事業者に貸す場合は、家賃の6か月分から10か月が普通でしょう。
賃貸借契約書の敷金の条項には、一般的に次のような記載があります。
「甲(賃貸人)は、本物件の明渡しがあったときは、遅滞なく、敷金の全額を無利息で乙(借主)に返還しなければならない。」
この契約書の敷金の条項にあるように、大家さんは、「本物件の明渡しがあったとき」、「遅滞なく」敷金を返還すればいいのです。
「明渡し」とは、借主が出て行っただけではなく、借主の家財道具、荷物、ゴミなどの片づけが終わっている状態を言います。
「遅滞なく」とは、「直ちに」という意味ではなく、「できるだけ速やかに」という意味です。
【Q 敷金とは何ですか。また、敷金は、どれくらいもらってもよいのですか。】で説明しましたように、借主が家賃その他の支払いができなくなったときに備えて、大家さんが借主から預かるお金です。従って、大家さんは、借主が借りている部屋を明渡した後に、大家さんに支払うべきお金が残っていないかを確認し、もしあれば、その金額を計算します。そして、そのお金を敷金から差し引いて、借主に返還します。
この作業には多少時間がかかります。特に、借主のミスで壊れたり汚れたりしたところがあれば、その修理費を計算して敷金から引かなければなりません。
ですから、「できるだけ速やかに」とは、借主が借りている部屋を明け渡してから2週間から1か月くらいと考えていいでしょう
もちろん、賃貸借契約書で、「明渡しの翌日から30日以内に」というように、敷金の返還時期を明確に定めるという方法もあります。契約書にこのような定めがある場合は、明け渡しから30日以内に支払えばよいことになります。
よく引越しの日に、退去の立ち合いに来た大家さんや管理会社の人に対して、退去と引き換えに敷金の返還を求める借主がいますが、大家さんには、退去と引き換えに敷金を返還する義務はありませんので、このような求めに応じる必要はありません。
家賃を滞納した借主が、「敷金が入っているから、そこから滞納分を引いてほしい。」と言うことがあります。
しかし、契約書の敷金の条項には、次のような記載があるはずです。
「乙は本物件を明渡すまでの間、敷金をもって賃料、共益費その他の債務と相殺することができない。」
この条項にあるように、借主は、家賃を延滞したときに、敷金から差し引くことを求めることはできません。
敷金は、あくまで借主が借りている部屋を明渡した後に、借主が大家さんに支払うべきお金が残っているときに、その回収の「担保」として預かっているのです。ですから、契約が継続していて、借主がまだ部屋を使っているときに、敷金を取り崩して未払い家賃に充てる必要はありません。
従って、たとえ2か月分の敷金を預かっていても、契約期間中は、滞納家賃と相殺してほしいという借主の求めに応じる必要はありません。
大家さんが敷金を返還する場合、敷金から差し引いてよいお金には、法律上当然に差し引いていいお金と契約書に特別の記載、つまり特約があれば差し引いていいお金の2種類に分かれます。
法律上当然に敷金から差し引いていいお金は、主に滞納家賃と借主のミスで壊したり汚したりした部分の修理費、つまり原状回復費です。
また、借主が、明渡し期限までに退去をしなかった場合には、この明渡し期限から実際に退去するまでの間の家賃相当額も、法律上当然に敷金から差し引いてかまいません。
これに対して、契約書に特別の記載、つまり特約があれば差し引いていいお金は、主に「通常損耗」や「経年変化」の修理費です。
借主の明渡し後の部屋には、多くの場合、壊れたり汚れたりしている部分があります。この壊れたり汚れたりした部分は、法律的には、2つに分けることができます。
1つは、借主のミスで壊れたり汚れたりした部分です。この部分の修理費は、法律上当然に借主の負担です。
もう1つは、借主のミスで壊れたり汚れたりしたのではなく、借主が普通に使うことによって壊れたり汚れたりした部分や時間の経過によって自然に古くなって壊れたり汚れたりした部分です。
借主が普通に使うことによって壊れたり汚れたりした部分を、「通常損耗」と呼びます。例えば、畳表の擦り切れです。
また、時間の経過によって自然に古くなって壊れたり汚れたりした部分を、「経年変化」と呼びます。例えば、壁紙の黄ばみやエアコンが古くなって動かなくなった場合です。
この通常損耗や経年変化の修理費は、法律上、原則として大家さんの負担です。借主が退去した後に、畳表を張り替えたり、黄ばんでいる壁紙を貼り替えたり、動かないエアコンを取り替えたりする費用は、法律上、原則として大家さんが負担しなければなりません。
しかし、賃貸借契約書に、この通常損耗や経年変化の修繕費を借主に負担させることが明記されていれば、大家さんは、この費用も敷金から差し引いていいのです。
この特約については、【Q 借主の原状回復義務の範囲を広げる特約は有効ですか。】と【Q 借主の原状回復義務の範囲を広げる特約は、契約書にどう書けばよいですか。】に詳しく説明しましたので、参照してください。
【Q 敷金を返還する場合、敷金から差し引いてよいのは、どのようなお金ですか。】で説明しましたように、借主のミスで壊したり汚したりした部分の修理費、つまり原状回復費は、敷金から差し引くことができます。
しかし、敷金から差し引いて良い原状回復費の計算方法にはルールがあります。
壁紙の貼り替えを例に、説明します。
まず、敷金から差し引いて良いのは、あくまで汚した部分の壁1面だけの貼り替え費用です。
よく、「その1面だけ壁紙を貼り替えると、他の面の壁紙と色合いが違ってしまうから、その部屋の壁紙全部を貼り替えて、その費用を敷金から差し引く」という大家さんがいますが、それは認められません。
普通の壁紙の貼り替え費用は、1㎡当たり多くても1,500円ですから、たとえば6㎡の壁1面を貼り替える場合は、9,000円が貼り替え費用ということになります。
次に、新品の壁紙を汚した場合と古い壁紙を汚した場合で、借主が支払わなければならない費用が同じというのは不公平です。古い壁紙の場合は、時間の経過によって価値が下がっているからです。
一般的には、6年で価値がなくなると考えられていますので、1年ごとに2割くらい価値が減っていくという計算をすると確実でしょう。
従って、もし借主のミスで貼り替えが必要な壁紙が、貼り替えてから2年経っているような場合は、新品の貼り替え費用の6割くらいと計算して下さい。
この場合、6㎡の壁1面を貼り替える場合に、借主が負担する費用は、次のような金額になります。
1,500円 × 6㎡ × 0.6 = 5,400円
このように、借主に負担させることができる金額は、借主のミスで壊したり汚したりした部分の修理費の全額ではありませんので注意して下さい。
原状回復費の計算方法については、東京都住宅政策本部作成の「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」や国土交通省住宅局の作っている「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に詳しく説明してありますので、参考にしてください。
「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」→東京都住宅政策本部のページにリンクします。
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」→国土交通省のページにリンクします。
敷引き特約とは、大家さんが敷金を借主に返還するときに、敷金から当然に一定額を天引きして、残額を返還すればよいという約束です。
たとえば、契約期間が2年の賃貸借契約で、賃料の2ヶ月分を敷金として預かる場合に、次のように約束します。
- 契約締結から明け渡しまでの期間が2年以内の場合 賃料の1ヶ月分を差引く
- 契約締結から明け渡しまでの期間が2年を超える場合 賃料の2ヶ月分を差引く
最高裁判所は、敷引き特約の有効性を認めています。
敷引き特約の有効性を認めた最高裁判所の判決の事件では、契約書に次のような内容の敷引き特約が書かれていました。
- 契約が終了して会社員がマンションを明け渡した場合、契約締結から明渡しまでの経過年数に応じた額を敷金から差し引くことができること
-
敷金から差し引く金額
経過年数1年未満 控除額18万円
経過年数2年未満 控除額21万円
経過年数3年未満 控除額24万円
経過年数4年未満 控除額27万円
経過年数5年未満 控除額30万円
経過年数5年以上 控除額34万円 - この敷金から差し引いたお金によって、部屋のクリーニング費用や壁紙の張り替え費用等を賄うということ
この事案で、最高裁判所は、通常損耗等の修理費に当てるために、上記の程度の金額を、敷金から天引きする特約について、有効であるとしたのです。
従って、この最高裁判所の判決によれば、敷引き特約が有効であること、また、この特約によって通常損耗や経年変化の原状回復費を借主に負担させることができることは明らかです。
このように敷引き特約によって通常損耗や経年変化の原状回復費を借主に負担させることができますが、敷金から天引きする額には、限度がありますので注意して下さい。
上記の最高裁判所の判決も、敷引き金の上限を考えるポイントとして、次のような点を指摘しています。
- 敷引き金が、貸している部屋の通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えないこと
これは、例えば、貸している部屋が狭いワンルームで、全部の壁紙を代えて、クリーニングをしても、8万円程度にしかならないのに、その費用として、16万円の敷引き金をとるような場合は、無効となる可能性があるということです。 - 賃料月額9万6,000円の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていること
これは、家賃の4倍、5倍の敷引き金をとるような場合は、無効となる可能性があるということです。
- 他に金額の大きい一時金の支払いがないこと
敷引き金の額がそれほど多くなくても、礼金を家賃の2ヶ月分取っているとか、更新料を家賃の2ヶ月分取っているとかとなると、敷引き特約が無効となる可能性があるということです。
ちなみに、上記の最高裁判所の事件では、更新料は家賃の1ヶ月分でしたが、礼金等の他の一時金はありませんでした。
従って、もし礼金を家賃の2ヶ月分もらい、さらに、更新料も家賃の2ヶ月分もらっているような場合は、敷引きできる金額もかなり制限されることになるでしょう。
【Q 敷金を返還する場合、敷金から差し引いてよいのは、どのようなお金ですか。】 と【Q 敷引き特約とは何ですか。また、敷引き特約は有効ですか。】で説明しましたように、通常損耗や経年変化の復旧費用を借主に負担させる方法は2つあります。
第1の方法は、前に説明したように、次のような条項を契約書に入れる方法です。
下記の通常損耗や経年変化の修理費用は、借主の負担とします。
- 明け渡し後の貸室全体のクリーニング費用 35,000円
- エアコンのクリーニング費用 15,000円
- 台所及びトイレの消毒費用 10,000円
契約締結から明け渡しまでの期間が2年以内の場合:賃料の1ヶ月分
契約締結から明け渡しまでの期間が2年を超える場合:賃料の2ヶ月分
敷引き特約の長所は、通常損耗や経年変化の修理費用を借主に負担させる特約のように項目と金額を示す必要がなく、単純に一定額を敷金から差し引くことができる点です。
しかし、敷引き特約は、これから契約を締結しようとする入居希望者から見ると、敷金から一方的に一定額を差し引かれるわけですから、何となく損をしたような気分になり、場合によっては、契約締結を見送る原因になるおそれがあります。
また、関東では、敷引きの習慣がないところが多く、入居希望者にとっては、違和感のある特約かもしれません。
従って、上記の2つの方法のいずれを選ぶかは、地域性などを考慮して大家さんが判断するということになります。
いずれにしても、敷引き特約は、明らかに大家さんに有利な特約であり、借主に特別な負担をさせるものですから、契約締結時に、借主に十分理解して納得してもらう必要があります。
従って、契約締結に当たっては、上記の特約の内容を借主によく説明してください。できれば、上記の特約を記載した書面を作り、読み上げて説明して下さい。
そして、借主に、きちんと説明を受けた証拠として、その書面に日付の記入と、署名・捺印をしてもらって下さい。
改正民法における敷金の取り扱いは、次のとおりです。
① 建物賃貸借契約が終了し、建物の明渡しを受けたときに、未払い賃料、原状回復費用その他の借主の債務を控除した残額を返還する。
従って、大家さんには、建物の明渡し時に敷金を返還する義務はない。
② 大家さんは、敷金と借主の債務を相殺する通知をする必要はなく、単に未払い賃料、その他の借主の債務を控除した残額を返還すればよい。
③ 契約期間中に賃料の滞納などが発生した場合、大家さんは、滞納賃料分を敷金から差引き(これを「充当」という。)、借主に対し、それによって減少した敷金の補充を求めることができる。
しかし、借主側から、滞納賃料分を敷金から充当することを求めることはできない。
④ 住居の賃貸では稀なケースですが、大家さんが賃借権の譲渡を認めるときは、譲渡時に旧借主に敷金を返還しなければなりません。
これらの取り扱いは、これまでの裁判所の判例及び実務と同じであり、今回の改正により、これまでの判例及び実務の取り扱いが明文化されたものにすぎません。
また、改正民法の敷金の規定は任意規定(契約当事者が、合意によって法律と異なる取り決めをしてもよい規定)ですから、賃貸人と賃借人が合意すれば、上記の改正民法の規定と異なる取り扱いも認められます。
① 返還時期を契約で自由に決めること(例えば、「明渡し完了から2か月後」など)
② 敷引(退去時に敷金の一部を差引き、残額を返還すること)や敷金の償却(契約更新時や退去時に、敷金の一部を控除すること)をすること
ただし、あまり高額の敷引きや償却は、消費者が借主の場合、「消費者契約法」により一部無効となる可能性がありますので、注意が必要です。
借主にお金を貸している人など、借主にお金の支払いを請求できる人を、借主の債権者と言います。
この借主の債権者は、借主からお金を払ってもらうために、借主の財産を差し押さえる場合があります。
差押えというのは、裁判所の命令で、借主の財産を取り上げて換金し、そのお金を債権者に渡す手続きです。
この差押えの対象として借主の債権者が目をつけるのが、借主が大家さんに預けている敷金です。
借主は、借りている部屋を明け渡した後に、大家さんから敷金を返してもらう権利があります。この借主の権利を敷金返還請求権といいます。
たとえば、家賃の2ヶ月分の敷金を預かっている場合、家賃が12万円の部屋であれば、敷金は24万円になります。もし、借主が部屋から退去した後に、特に大家さんに支払うべき債務が残っていなければ、大家さんは、この24万円を借主に返さなければなりません。
そこで、借主の債権者は、この敷金返還請求権を差し押さえるのです。
具体的には、裁判所から、債権差押え命令という書類が大家さんに届きます。
裁判所の封筒は、私が知る限りすべて茶封筒で、表面の下に○○地方裁判所など裁判所名が書かれています。
封筒の中には、債権差押え命令という題の書類と、説明書などの書類が入っています。
この債権差押さえ命令は、「借主が大家さんに預けている敷金の返還請求権は、債権者が差し押さえたので、たとえ借主が部屋を明け渡して敷金を借主に返すときがきても、借主に返してはいけません。」ということを、大家さんに命令するものです。
もし、この命令に違反して借主に敷金を返してしまうと、大家さんは、もう一度同額を債権者に返さなければならなくなります。つまり、二重払いをしなければならなくなるのです。
債権差押え命令が来ても、大家さんの法律的な権利には、ほとんど影響がありません。
大家さんは、借主に部屋を貸すときに敷金を預かり、借主が支払えないお金を、その敷金から差し引くという約束をしているのです。
このように敷金は、大家さんの債権の回収のためにあるお金なので、まず、大家さんの権利が優先します。裁判所の債権差押え命令であっても、この大家さんの権利を左右することはできません。
そこで、大家さんの対応としては、まず、借主が部屋の明け渡しをするまでは、敷金を返す必要はありません。もちろん、差押えをした債権者から請求があっても、支払う必要はありません。
次に、借主が部屋の明け渡しをしたら、敷金から差し引くお金を計算します。滞納している家賃、特約で借主が負担する通常損耗や経年変化の修理費、借主のミスで壊したり汚したりしたところの修理費などを差し引きます。
そして、このような差し引きをした後に残ったお金があれば、借主に支払ってはいけません。この残ったお金は、差し押さえられていますので、借主に支払わずに、保管しておいてください。