賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
契約していないのに、責任があるんですか?契約締結上の過失による責任
ゴールデンウィークも終わり、いよいよ梅雨が近づいてきました。
今年は、梅雨入りが早いそうですが、梅雨に入ると、気温も湿度も上がりますので、マスクをして行動するのが、かなり不快になります。
政府では、マスクの着用について、屋外で人が少ない場所では、マスクを着用しなくてもよいという方針に変更したようですが、電車の中や屋内での着用は変わらないようです。
今年の夏も、マスクの下の汗を拭いながら電車に乗るのかと思うと、少し憂鬱になります。
さて、今日は、契約締結上の過失についてお話しします。
先日、私のクライアントのAさんから、こんな相談がありました。
Aさんは、都内に何棟か賃貸物件を所有していて、そのうちの1つであるアパート1棟(6部屋)を、不動産仲介会社を介して、B社に社員寮として賃貸する交渉をしていました。
賃貸期間や賃料など、契約上重要な事項はほぼ決まり、賃貸借契約書のドラフトもできていて、あとは調印するだけというところまできました。
ところが、Aさんは、どこからかB社の評判を聞きつけ、どうやらB社は、前の社員寮で従業員がトラブルを起こし、貸主から賃貸借契約を解除されたという話なので、契約締結を見送りたいと言い出しました。
不動産仲介会社を介して、Aさんの意向を聞いたB社の社長は激怒し、「契約書に調印する直前なのだから、もう合意はできているので、契約締結を見送ることはできない。仮に契約締結を見送ることが出来るとしても、既に従業員6人の引越の手配も済んでいるから、キャンセルするとキャンセル料がかかる。社員寮の各部屋に設置する収納家具も、Aさんのアパートの各部屋の寸法に合わせて作ってもらったが、他では使えないので廃棄する。引越代のキャンセル料や家具の制作・廃棄費用は、Aさんに負担してもらうよ。」と言っています。
そこで、Aさんは、このB社の社長の主張が正しいのかどうか、相談にきたのです。
まず、もう合意はできているので、契約締結を見送ることはできないという主張は、どうでしょうか。
B社の社長の気持ちは分かりますが、この主張が裁判所で認められる可能性は低いでしょう。
賃貸借契約とはいえ、不動産という高額の財産についての契約ですし、また、不動産仲介会社も入っていますので、やはり賃貸借契約書に調印するまでは、契約が成立したとは認められないと思います。
裁判例としても、「不動産業者を介して建物賃貸借契約の取引が行われるような場合、賃貸借契約書が作成されることが通常であり、その場合、原則として、賃貸借契約書の作成をもって初めて当事者の意思が確定的となり、その時点で契約が成立したものと認めるのが相当である。」と判示したものがあります。
では、引越代のキャンセル料や備え付けの家具の制作費用及び廃棄費用をAさんに負担させるという主張はどうでしょうか。
契約は成立していないのですが、契約に向けて交渉を重ね調印寸前まで行ったのですから、B社がAさんとの契約が成立するものと信頼し、それを前提としていろいろな行動を取ることは当然です。従って、B社のこの信頼は、法律的に見ても保護に値します。
そこで、契約の相手方が契約成立を信じても仕方がないような事情があるにもかかわらず、正当な理由もなく契約締結を拒絶したような場合には、契約締結を拒絶した側に、法的責任を負わせるべきだという考え方が出てきます。
この考え方は、契約締結上の過失の理論といい、裁判所も採用しています。
例えば、「甲が仲介業者丙を用いて賃貸借契約の申し込みの誘因行為を開始し、契約交渉が相当程度進行し、乙が契約の成立を確実なものと期待するに至った以上、甲が合理的な理由なく契約締結を拒絶することは許されないと解するのが相当である。」と判示したうえで、「乙が本件賃貸借契約締結を期待したことによって被った損害につき、これを賠償すべき責任があるというべきである。」と判示した裁判例があります。
ただ、Aさんが賠償すべき損害は、あくまで契約が成立したことを前提とする損害ではなく、上記の裁判例が述べているとおり、契約が成立すると期待したことによって被った損害です。
B社の社長が主張する引越代のキャンセル料は、原則として契約が成立すると期待したことによって被った損害に該当すると考えられます。
また、家具の制作・廃棄費用も、通常の住居では使用しない家具であるとか、制作費用が特に高額であるというような場合でなければ、原則として契約が成立すると期待したことによって被った損害に該当すると考えられます。
もちろん、Aさんの契約締結拒絶が、「合理的な理由」に基づくものであれば、Aさんが契約締結を拒絶することは許されますので、上記の賠償責任を負う必要はありません。
Aさんが、どこからか聞きつけてきた「前の社員寮で従業員がトラブルを起こし、これを理由として貸主から賃貸借契約を解除された。」という話が事実ならば、Aさんが契約締結を拒絶することに合理的理由があると言える場合もあります(トラブルの内容や経緯によります。)。
Aさんが、契約締結を拒絶したうえ、契約締結上の過失による責任を回避したいのであれば、難しいとは思いますが、「前の社員寮で従業員がトラブルを起こし、これを理由として貸主から賃貸借契約を解除された。」という話について、調査するしかないでしょう。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。