賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
(続)相続人に原状回復費用の請求ができるか?孤独死して遺体発見が遅れた場合の原状回復費用の負担者
ついこの間まで、猛暑の日が続いていましたが、ここ数日は、気温が30度を下回るようになりました。これから、また暑さが戻る日もあると思いますが、秋はすぐそこまできているようです。
さて、今回は、昨年の11月のコラムで取り上げた「賃借人が孤独死して遺体の発見が遅れた場合、居室の原状回復費用は、誰が負担するか。」という問題の続きをお話ししたいと思います。
昨年11月にご紹介した事件について、少し思い出してみましょう。
Aさんは、埼玉県にアパートをいくつか所有しているのですが、Aさんの所有するアパートの入居者Bさんが孤独死し、亡くなってから3週間ぐらいが経過して発見されました。
Bさんが亡くなったのが9月であり、まだ気温が高い時期だったので、ご遺体はひどい状態となり、貸していた部屋も激しく汚損してしまいました。
Aさんは、Bさんの居室の清掃や修繕を行いましたが、その費用は200万円以上かかりました。Aさんは、この200万円以上の費用を、Bさんの相続人に請求できないかと考え、私のところに相談にました。
私は、Aさんに対して、次のような理由から、遺体の発見が遅れたことによって発生した居室の汚損の原状回復費用を、相続人に請求するのは難しいとお話ししました。
現在、裁判所は、原状回復義務について、「賃借人の故意または過失や通常の使用方法に反する使用など、賃借人の責めに帰すべき事由による住宅の損耗があれば、賃借人がその復旧費用を負担する。」という考え方をとっています。
しかし、病気で孤独死した賃借人には、病死することについて、特別の事情(従前から重い病気を患い、入院しなければ死亡するかもしれないことを容易に予測できたのに、合理的理由もなく入院をしなかったなどという事情)がない限り、責めに帰すべき事由などありません。また、遺体の発見が遅れ、それによって居室が汚損しても、賃借人が亡くなっている以上、賃借人の責めに帰すべき事由を観念することは困難です。
相続人についても、そもそも、遺体が発見されるまで、相続が開始したこと自体を知らないのですから、例え賃借人としての義務を相続で承継したとしても、責めに帰すべき事由があるとは言えません。
Aさんの相談は、このようにして終わったのですが、今年に入り、Aさんの相談とほぼ同じケースで、今度は、孤独死した入居者の相続人側から相談を受けました。
相談に来た方は、秋田県に住むCさんですが、「自分の兄のDが東京都内の賃貸アパートで孤独死し、発見が遅れたために、賃貸アパートの居室が激しく汚損してしまった。私が、Dの唯一の相続人なので、大家から清掃や修理の費用200万円の請求を受けている。」ということでした。
まず、このような場合、相続放棄の手続きをとるという選択肢があります。
相続放棄の手続きをとれば、CさんはDの相続人ではなくなりますので、Cさんは、Dの賃借人としての義務を一切引き継ぎません。従って、当然、大家さんからの請求にも応じる必要はありません。
ところが、Cさんは、「Dは、空き家になっている秋田の実家の土地建物の共有持ち分を持っており、相続放棄をすると、その共有持ち分がどうなるか不安なので、相続放棄をしたくない。」という意見でした。
結局、Cさんと相談した結果、相続放棄の手続きは取らず、大家からの請求に対しては、私の意見に従って、Cさんには清掃や修理の費用200万円の支払義務がないという返事をすることになりました。
Cさんが、大家に対して、上記の返事をしてから1ヶ月くらい経ったころ、Cさんの家に、東京地方裁判所から訴状が届きました。
この訴状は、大家を原告とし、Cさんを被告として、Dが借りていた居室の清掃及び修理の費用200万円の支払いを請求するものでした。
Cさんは、この訴状をもって私の事務所を訪れ、この事件を依頼したいと希望されました。
私は、いつもは大家さんの依頼しかお受けしていないのですが、今回に限っては、裁判所がこの問題についてどういう判断をするか興味があり、また、一般の大家さんにとっても、この問題についての裁判所の判断が明らかになれば、今後の賃貸経営の役に立つと考え、Cさんの依頼をお受けしました。
この裁判は、既に数回の期日を重ねていますが、私は、当初から、次のように主張しています。
(1)建物賃貸借においては、賃借人の故意または過失や通常の使用方法に反する使用など、賃借人の責めに帰すべき事由による住宅の損耗があれば、賃借人がその復旧費用(原状回復費用)を負担する。
(2)本件において、Dは病死したと推測されるから、同人が死亡したことそのものは、自殺とは異なり、賃借人の故意または過失や通常の使用方法に反する使用とは認められない。また、Dの死亡後は、同人に、故意または過失や通常の使用方法に反する使用は観念できない。
(3)被告Cは、Dの死亡について連絡があるまで、Dの死亡を知らず、被告CがDの相続人となったことも知らなかったのであるから、被告Cについても、Dの死亡から同人の死亡について連絡があるまでは、賃借人の故意または過失や通常の使用方法に反する使用などを認めることはできない。
これに対して、裁判官は、当初は意見を明らかにしませんでしたが、最近の期日で、次のような発言をしました。
新民法第621条においては、「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」と定められており、この規定は、現在の実務の取り扱いを明文化したものであると説明されています。
従って、現在の民法の下でも、賃借人あるいはその相続人が原状回復義務を負うには、居室の損傷について責めに帰すべき事由が必要であると考えられます。
原告(大家)は、この点についての原告の考えを明らかにして下さい。
確定的なことは言えませんが、この裁判官の発言は、裁判官が私とほぼ同様の意見をもっていることを示唆するものです。
まだ、この事件の審理は続きますが、裁判官がどのような判決を書くか、大変興味深いところです。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。