賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
民法改正は、正しく伝わっているか?~第3回 敷金の取り扱いや原状回復義務のルールは変わったの?
今日の日経新聞の記事に、オフィスが供給過剰となっており、都心5区の空室率の増加が止まらず、それに伴って賃料の値下げ圧力が強まっているという記事がありました。これは、世界的な傾向だそうです。
逆に、先月のコラムの冒頭で紹介しましたように、軽井沢や那須高原などの別荘地では、別荘用地や移住のための建物建築用地の購入希望が急増しています。
テレワークの拡大 → 都心のオフィスの縮小 → 住居の郊外や地方への移転という流れが見えてきますが、こうなると、これからの都市部の賃貸経営の行方が心配になってきます。
日本人は、のど元過ぎれば何とかなので、ワクチンが行き渡って感染拡大が収束すれば、また都心に戻ってくるという意見もありますが、企業の経営者は、当然、今回のコロナ騒動が繰り返されるリスクを回避する経営をするでしょうから、もしかすると、この流れは続くかもしれません。
さて、今回は、改正民法における敷金の取り扱いと原状回復義務の取り扱いについて、お話しします。
まず、敷金の取り扱いから見ていきましょう。
改正民法における敷金の取り扱いは、次のとおりです。
① 建物賃貸借契約が終了し、建物の明渡しを受けたときに、未払い賃料、原状回復費用その他の借主の債務を控除した残額を返還する。
従って、大家さんには、建物の明渡し時に敷金を返還する義務はない。
② 大家さんは、敷金と借主の債務を相殺する通知をする必要はなく、単に未払い賃料、その他の借主の債務を控除した残額を返還すればよい。
③ 契約期間中に賃料の滞納などが発生した場合、大家さんは、滞納賃料分を敷金から差引き(これを「充当」という。)、借主に対し、それによって減少した敷金の補充を求めることができる。
しかし、借主側から、滞納賃料分を敷金から充当することを求めることはできない。
④ 極めて稀なケースですが、大家さんが賃借権の譲渡を認めるときは、譲渡時に旧借主に敷金を返還しなければなりません。
これらの取り扱いは、これまでの裁判所の判例及び実務と同じであり、今回の改正により、これまでの判例及び実務の取り扱いが明文化されたものにすぎません。
また、改正民法の敷金の規定は任意規定(契約当事者が、合意によって法律と異なる取り決めをしてもよい規定)ですから、賃貸人と賃借人が合意すれば、上記の改正民法の規定と異なる取り扱いも認められます。
① 返還時期を契約で自由に決めること(例えば、「明渡し完了から2か月後」など)
② 敷引(退去時に敷金の一部を差引き、残額を返還すること)や敷金の償却(契約更新時や退去時に、敷金の一部を控除すること)をすること
ただし、あまり高額の敷引きや償却は、消費者が借主の場合、「消費者契約法」により一部無効となる可能性がありますので、注意が必要です。
次に、原状回復のルールは、どうなったでしょうか。
改正民法における原状回復義務の取り扱いは、次のとおりです。
① 借主は、入居後に建物に生じた損傷について原状回復義務を負う。
② 上記の損傷には、通常の使用によって生じた損傷(通常損耗)や経年劣化は含まれない。
③ 借主は、借主の責めに帰することができない事由による損傷については、原状回復義務を負わない。
これらの取り扱いは、これまでの裁判所の判例及び実務と同じであり、今回の改正により、これまでの判例及び実務の取り扱いが明文化されたものにすぎません。
また、改正民法の原状回復についての規定も任意規定ですから、賃貸人と賃借人が合意すれば、通常の使用によって生じた損傷(通常損耗)や経年劣化について、借主に原状回復義務を負わせることができます。
具体的には、次のような特約を賃貸借契約書に明記すると、通常損耗や経年変化の原状回復費用の一部を、借主に負担させることができます。
但し、東京都内の物件については、東京都条例による東京ルールがあるので、東京ルールに従い、下記の特約を説明するとともに、その説明を記載した書面を借主に交付することが必要です。
(特約)
下記の通常損耗や経年変化の修理費用は、入居者の負担とします
(1) 明渡し後の貸室クリーニング費用 : 35,000円
(2) エアコンのクリーニング費用 : 15,000円
(3) 台所及びトイレの消毒費用 : 10,000円
結局、今回の民法改正では、これまでの実務における敷金の取り扱いや原状回復義務のルールを、条文によって明確にしたということになります。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。