賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
本当に裁判を起こしたの!?(続)専門業者によるクリーニングの特約
先日、区役所から、第5回目の新型コロナウィルスのワクチンの接種券が送られてきました。
接種券を見たときは、「コロナは、もうそんなに心配しなくてもよいのでは?」と思い、以前ほどは接種に前向きではありませんでした。
ところが、当事務所のパートナー弁護士が、新型コロナウィルスに感染してしまい、しかも、復帰後に本人から症状を聞いたところ、高熱、のど痛、頭痛で、結構ひどかったと言われたので、少し心配になってきました。
「折角だから、5回目の接種しようかな。」と、少し迷い始めています。
さて、今回は、7月に掲載したコラムの「まだ、そんなことを言っている弁護士がいるの?専門業者によるクリーニング費用についての特約」の続編です。
どんな話だったか、ちょっと思い出してみましょう。
Aさんは、自分が所有しているワンルームマンションの入居者Bが退去した際、賃貸借契約書に明記してある専門業者によるクリーニング費用についての特約に基づいて、クリーニング費用3万円を敷金から差し引きました。
AさんとBの賃貸借契約書では、特約として、退去時には、借主が、専門業者によるクリーニング費用3万円を負担することが明記されており、しかも、東京ルールに従って、仲介業者が、専門業者によるクリーニング費用3万円は、本来、貸主が負担するものであるが、特約により借主の負担となることを書面で説明しており、その書面に、Bの署名・捺印がありました。
また、3万円という金額は、部屋の大きさや月額の賃料から見て、妥当な額でした。
ところが、Bに依頼された弁護士から、Aさんに対し、専門業者によるクリーニング費用についての特約は無効だから、敷金からクリーニング費用3万円を差し引くことはできないので、3万円を返還するように請求する通知が届きました。
これに対して、Aさんが、その弁護士に対し、AさんとBの賃貸借契約書の中の「専門業者によるクリーニング費用についての特約」を具体的に指摘し、この特約は有効であるから、3万円を返還しないという回答をしたところ、その弁護士から、Aさんに直接電話があり、「このままだと裁判になり、3万円を返すことになりますよ。それでもいいんですか。」と言われたそうです。
このコラムで、私は、Bの弁護士は、「もしかすると素人であるAさんが、面倒くさくなったり、怖くなったりして払うかもしれないと考えて、電話をしたのかもしれません。」と書きました。
つまり、私は、Bの弁護士が、本当に裁判をしてくるとは思っていませんでした。
ところが、後日、Aさんのところに、東京簡易裁判所から封書が届き、この中に、Bを原告とし、Aさんを被告として、敷金から差し引いた3万円を返還するように請求する訴訟の訴状が入っていました。
もちろん、Bの弁護士は、Aさんに電話をしてきた弁護士です。
この訴状を受け取ったAさんは、早速私の事務所に相談に来ました。
私は、本当に裁判を起こしてくるとは思わなかったので、少し驚くとともに、もしかすると、以前の相談の際に、Aさんが私に隠していた不利な事実があるのかもしれないと思い、訴状をじっくりと読ませてもらいました。
しかし、この訴状では、平成17年12月16日の最高裁判所の判決を引用し、この判決の考え方によれば、「専門業者によるクリーニングの特約」が無効であるとしているだけでした。
この最高裁判決は、次のように判示しています。
「建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。」
Bの弁護士は、この最高裁判決を引用して、Bが補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されていないと主張していました。
しかし、この最高裁判決があってから、もう既に18年近くが経過しており、その間に、専門業者によるクリーニング費用の特約の有効性を認めた裁判例が多数存在しています。
つまり、これらの裁判例は、Bの弁護士が引用している最高裁判決があることを前提として、その最高裁判決を前提としても、賃貸借契約書に、退去時に専門業者によるクリーニング費用を借主が負担することが明記されていれば、その特約は有効であると判断しているのです。
本件の事案は、特殊なものではなく、専門業者によるクリーニング費用の特約の有効性を認めた過去の裁判例の事案と、特に違うところはありません。
ですから、普通に考えれば、上記の最高裁判決を前提としても、特約を無効とすることが困難であることは、すぐ分かるはずです。
次の私の関心事は、この訴訟を審理する簡易裁判所の裁判官が、どのような訴訟指揮をするかです。
私は、Aさんに、特約は有効であると強く主張し、和解などせずに判決をもらうようにアドバイスしました。
Aが特約の有効性を主張したとき、裁判官は、何と言うのでしょうか。
「まあ、そう言わずに、和解しませんか。」などと言わないことを、祈るばかりです。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。