賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
ゴミ屋敷の原状回復費用は?建物や設備の耐用年数の壁
緊急事態宣言が出されても、なかなか人の流れは減らず、感染者数もほとんど減少していません。裁判所も、前回の緊急事態宣言のときは、裁判や調停の期日を全て取り消して延期しましたが、今回は、少し電話会議やWEB会議が増えただけで、あまり変化はありません。
これからどうなっていくのか予想もつきませんが、欧米のような本当のロックダウンが必要になる日がくるのではないかと心配です。
さて、今日は、ゴミ屋敷の原状回復費用についてお話してみたいと思います。
私の顧問先に、複数の一棟建てマンションやアパートを所有している大家さん(Aさん)がいますが、Aさんの所有している古い木造アパートの一室(築20年の1LDK)がゴミ屋敷となってしまいました。
ゴミ屋敷となった原因は、当然のことながら、その部屋の入居者が、ひたすらゴミを集めてきて部屋の中に持ち込んだからで、部屋の中のゴミは、その部屋の全ての床に積み重ねられ、その高さは50センチメートル以上になっていました。
入り口の扉を開けると、玄関の床に、ゴミが地層のように積み重なっていて、そのゴミの地層の上に登らないと部屋に入れない上、その地層は、部屋の全ての床を隙間なく覆っていました。このゴミの地層によって、全ての床が50センチメートルかさ上げされ、そのゴミの上に乗ると(乗らないと部屋に入れませんが)、ゴミの上から天井までの高さが2メートルを切ってしまっていました。
この部屋の入居者は、病気で入院し、病院で亡くなりました。このため、Aさんは、入居者の相続人であり、同時に連帯保証人でもある入居者の兄(B)に連絡を取って賃貸借契約を解除し、部屋を明け渡してもらいました。
明け渡しを受けたときの部屋の状態は、上記のとおりであり、このゴミの撤去だけで、約30万円の費用がかかりました。
さらに、ゴミを撤去した後の部屋の状態は、悲惨なものでした。
床の上に積み重なっていたのはゴミですから、ゴミから漏れでた水分が、壁紙、フローリング、襖、ドアに染みわたり、悪臭を放っていました。
壁紙やフローリングはもちろん、ドア、襖、台所の流し台、洗面台、浴槽全てにゴミから漏れ出した水分の汚れと臭いがついており、クリーニングをしても取れません。しかも、便器には、汚物が積み重なっており、便器も使い物にならなくなっていました。
結局、Aさんは、部屋の中の全てドア、襖、フローリング、壁紙を取り換えました。また、流し台、洗面台、浴槽、便器も使い物にならなくなっていたので、これらも全て取り替えました。
この工事によってAさんが支払った費用の合計は、ゴミの撤去費用も含めて350万円近くになってしまいました。
では、この350万円のうち、Bに支払義務があるのは、どれくらいでしょうか。
まず、Bは、入居者の相続人ですが、相続を放棄してしまえば、入居者の相続人ではなかったことになりますので、何の支払義務も負いません。
しかし、Bは、入居者の連帯保証人でもありますので、相続を放棄したとしても、原則として連帯保証人としての責任を免れることはできません。
次に、金額ですが、ゴミの撤去費用約30万円については、Bが支払義務を負うことになります。
しかし、問題となるのは、ドア、襖、フローリング、壁紙、流し台、洗面台、浴槽、便器の取り換え費用です。
このコラムで、何回か説明してきましたが、裁判所は、原状回復義務について、「賃借人の故意または過失や通常の使用方法に反する使用など、賃借人の責めに帰すべき事由による住宅の損耗があれば、賃借人がその復旧費用を負担する。」という考え方をとっており、また、昨年施行された新民法でも同様の条文を置いていますが、本件で、ドア、襖、フローリング、壁紙、流し台、洗面台、浴槽、便器の汚損について、賃借人の責めに帰すべき事由があったことは言うまでもありません。
しかし、これらの賃貸物件の汚損が、賃借人の責めに帰すべき事由によるものであるとしても、次に、原状回復費用の金額をどう算定するかというハードルがでてきます。
国土交通省住宅局から「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、「賃借人の負担については、建物や設備等の経年変化を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させることとするのが適当である。」としており、裁判所も同様の考え方を取っています。
本件の賃貸物件は、古い木造アパートの一室(築20年の1LDK)であり、建築当初から、入居者が入れ替わるたびに部屋全体のクリーニングはしていましたが、設備類の入れ替え等のリフォームはしていません。
従って、入れ替えたほとんどの設備について、耐用年数による減額をしなければなりません。
上記の国土交通省のガイドラインでは、各設備の耐用年数について、概ね次のように記載しています。
上記の耐用年数によると、Aさんが取り替えたドア、襖、フローリング、壁紙、流し台、洗面台、浴槽、便器は、ドア、襖、浴槽及びフローリングを除いて、全て耐用年数を過ぎており、ドア、襖、浴槽及びフローリングも、2年間の耐用年数を残すだけです。
こうなると、Aさんが取り替えたドア、襖、フローリング、壁紙、流し台、洗面台、浴槽、便器には、ほとんど残存価値はなかったことになりますので、取り替えた設備自体の価格の大部分は、Bに請求できないことになります。
ただ、このような場合でも、これらの設備の取り換えの費用(人工代等)は、請求することはできます。
Aさんにとっては、なかなか厳しい結論です。
こうしたことを防ぐためには、管理会社に、定期的に各部屋に訪問してもらうなどの対策が考えられます。
たとえ、部屋の中に入れなくても、臭いや他の部屋の人からの苦情など、何らかの手がかりを早めに発見できるかもしれません。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。