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建築請負契約に際し、杜撰な説明をした事業者側の説明義務違反と不法行為責任を認めた判決
4月は夏日が9日もあったということですが、寒いと思う日もかなりありました。5月に入っても、連休前半は真夏日に近づく日がありましたが、後半はかなり肌寒くなりました。こう気温が乱高下すると、体調管理が大変です。
さて、今日は、東京地方裁判所で、興味深い判決がありましたので、ご紹介したいと思います。
この事件の原告は、70歳の女性(Aさん)であり、また、被告は、マンション建設や自社が建設したマンション等の管理を行っている株式会社(B社)です。
Aさんは、夫の残してくれた土地で駐車場を経営し、年間500万円の収入を得ていましたが、建設会社であるB社の勧誘を受けて、B社と建築請負契約を締結して上記の駐車場用地にマンション(以下、「本件マンション」といいます。)を建築し、マンション賃貸事業を始めました。その際、Aさんは、銀行からマンション建築資金3億6000万円を借り入れました。
本件マンションの経営は、当初は上手くいっていました。
しかし、建築後8年ほど経過した時に、Aさんは、B社の担当者から、水道メーターの取替費用300万円を負担するように言われ、さらに、建築後10年経過したら、大規模修繕をする必要があり、その費用はAさんが負担しなければならないと言われ、話が違うと思い始めました。
Aさんは、本件マンションの賃貸事業の収支状況がB社から受けた説明と異なっていることや、今後、本件マンションの維持管理に高額な費用がかかることに不安を抱き、本件マンションの売却を決意し、売却の結果、多額の損失を出しました。
そこで、Aさんは、B社が虚偽・不当な勧誘を行い、説明義務を怠るなどの不法行為に及んだと主張し、不法行為に基づく損害賠償として、B社に対して、借入金3億6000万円から本件マンションの売買代金1億7115万円を差し引いた1億8885万円などの賠償を求めて訴えを提起しました。
この事件で、Aさんは、B社の虚偽・不当な勧誘について、次のような主張をしました。
1.不利益な事実を伝えず、利益ばかりを強調した。
①空室の場合でも、B社が家賃の9割を保証すると説明した。
②マンション経営のリスクを(固定資産税や修繕費の負担など)を説明しなかった。
2.B社作成の提案書の記載が不当であった。
①40年間一度も空室がなく、家賃は20年間上がり続け、20年目以降は下がらないというシュミレーションを行ったが、これは不当な説明である。
②修繕費は、1年目から40年目までの間、それぞれ年額32万5000円と記載されているが、これは不当な説明である。
3.家賃予測に関する資料を提示しなかった。
4.収益予想や収支について説明をしなかった。
5.周辺の建物建築可能性について説明しなかった。
これらのAさんの主張について、裁判所はどのような判断をしたのでしょうか。
まず、裁判所は、B社の説明義務について、次のように判断しました。
「被告には、本件請負契約の勧誘や説明に際し、原告に対し、契約を締結するか否かについて的確な判断ができるよう正確な情報を提供した上、適切な説明を行うべき信義則上の義務があったというべきである。また、被告が前記義務に違反した結果、原告において的確な判断ができないまま、本件請負契約を締結し、本件賃貸事業を実施した場合には、被告は、原告に対して、同義務違反の不法行為に基づき、損害を賠償すべき義務を負うものである。」
このように、裁判所は、B社にかなり一定の説明義務があると判断していますが、このような判断になった最も大きな理由は、恐らくAさんの属性にあります。
Aさんは、先ほど説明したとおり、判決当時70歳の女性ですが、B社と建築請負契約を締結したときは、55歳でした。
しかし、Aさんは、夫と結婚した後はずっと専業主婦をしており、夫の死後、約10年間、生命保険関係の仕事をしていましたが、生命保険の契約自体に携わったことはありませんでした。
また、Aさんは、夫の残してくれた土地で駐車場を経営し、年間500万円の収入を得ていましたが、建物の賃貸事業を行った経験はありませんでした。
こうした属性のAさんと建築や賃貸管理を業とするB社とでは、マンション賃貸事業に関する経験、知識、情報量について圧倒的な差がありますから、B社がAさんに本件マンションの建築請負契約の勧誘や説明する際には、契約を締結するか否かについて的確な判断ができるよう正確な情報を提供した上、適切な説明を行うべき義務があるのです。
では、裁判所は、B社にこのような説明義務があることを前提として、上記のAさんの主張をどこまで認めてくれたのでしょうか。
実は、Aさんの主張のうち、裁判所が認めてくれたのは、2.②だけでした。
つまり、裁判所は、B社が本件マンションの修繕費について、1年目から40年目までの間、それぞれ年額32万5000円と説明したことを認定し、このような修繕費の説明は、大規模修繕費が全く考慮されておらず、実際にかかる修繕費と大きくかけ離れていると判断しました。
このように上記のAさんの主張のうち、裁判所が認めてくれたのは、上記の修繕費の点だけでしたが、これが決定打となり、B社の不法行為責任が認められました。
裁判所は、B社がこのような修繕費を含む事業収支見込みについて不正確な説明を行ったことは、B社の説明義務に違反し、不法行為を構成すると判断したのです。
その上で、裁判所は、Aさんは、B社から修繕費について正確な説明を受けていれば、多額のローンを負担してまでマンション賃貸事業を営まなかった可能性が高いとし、B社の説明義務違反とAさんの損害との因果関係を認めました(もっとも、裁判所が認めた損害賠償額自体は、さまざまな理由から削られ5400万円でした。)。
カボチャの馬車騒動に代表されるように、大家さんとなる人に多額の借金をさせ、土地を買わせたり、マンションを建てさせたりする商売は、今もあちこちで行われています。
このようなビジネスモデルが横行しているなかで、この判決が、杜撰な説明をした事業者側の説明義務違反と不法行為責任を認めたことは、非常に喜ばしいことです。
しかし、この判決は、あくまでAさんが、長年専業主婦であり、マンション賃貸事業に関する知識に乏しい素人であったことが前提となっています。
原告が、大手企業の管理職レベルの人や何らかの形で建物賃貸経営に携わったことがある人であったら、少し違った判断になっていたかもしれません。
いずれにせよ、賃貸経営には、沢山のリスクがあることを教えてくれる判決でした。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。