賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
それって、払わなければいけないの?大家さんの修繕義務の範囲
いよいよ梅雨入りして、鬱陶しい雨の季節が始まりました。
雨が降ると、事務所に行くのが億劫になるのですが、先日、大雨の降る予報の日に、勝手に在宅勤務と称して自宅に篭り、一日中外出せずに、書類を書いたり、Webや電話での裁判に出席したりしていました。
今では、ほとんどの裁判がWebか電話でできるようになっているので、その気になれば、在宅勤務をもっと増やすことができます。コロナ禍のせいで、裁判のWeb化が前倒しになったおかげです。
さて、今回は、法外な修繕費の請求のお話です。
先日、Aさんから、こんな相談を受けました。
Aさんは、東京の郊外に木造の事務所兼倉庫を所有しており、10年前から、B社にこの事務所兼倉庫を月額賃料15万円で賃貸しています。
この事務所兼倉庫は、戦前からあるもので、老朽化が著しく、当然のことながら、耐震基準を満たしておらず、耐震検査をしたところ、震度6強以上の地震が発生した場合には、倒壊の恐れがあるという結果が出ました。
このため、B社は、Aさんに対して、耐震補強工事をするように求め、B社が作成した耐震補強工事の設計図と見積書を送ってきました。
この見積書によると、耐震補強工事の費用は1500万円であり、この事務所兼倉庫の月額賃料の100ヶ月分にもなります。
Aさんが、耐震補強工事をする義務があるのか分からず、返事を渋っていると、B社は、勝手に耐震補強工事を行い、Aさんに対して、工事代金1500万円を請求してきました。
Aさんとしては、B社が勝手に工事をしたのに、工事代金を支払わなければならないのは、納得できないということでした。
では、この事案で、Aさんは、工事代金の支払義務を負うのでしょうか。
まず、原則論から説明します。
賃貸借契約は、物を貸して賃料をもらうことを約束する契約です。
物を貸すというのは、物をきちんと使える状態で提供することが前提ですから、貸主は、貸した物が壊れて使用に支障が生じた場合には、貸した物を修繕しなければなりません(民法606条1項)。これを、貸主の修繕義務といいます。
従って、建物の賃貸借契約においても、大家さんは、建物自体やその設備が壊れたり、汚れたりしたときは、修繕する義務を負います。
また、貸主が修繕義務を怠り、修繕をしないときは、借主が修繕を行わざるを得なくなりますが、借主が修繕を行ったときは、貸主にその費用を請求することが出来ます。これを、必要費償還請求権といいます。
B社の請求は、この原則論によるものですが、B社の主張を説明すると、次のようになります。
B社が借りている事務所兼倉庫は、耐震基準を満たしておらず、震度6強以上の地震が発生した場合には、倒壊の恐れがあるのだから、貸主であるAさんには、修繕義務がある。
B社がAさんに対して修繕を求めたのに、Aさんが修繕義務を怠り、修繕をしなかったので、B社が修繕を行ったのだから、その費用をAさんに請求する。
B社の主張は、筋が通っているように見えますが、何となく腑に落ちません。
腑に落ちない理由は、①B社は、もともと古い建物と分かって借りていること、②工事費が月額賃料の100ヶ月分と高額すぎること、③Aさんの承諾なく勝手に工事をしていることなどです。
まず、①の点ですが、裁判例では、賃貸建物について、「契約締結時に予定されていた目的物以上のものに改善することを賃借人において要求できる権利まで含むものではない。」としたものや「契約の内容に取り込まれた目的物の性状を基準とすれば、建物が耐震性能に欠けていることで、店舗の使用が妨げられていると認めることはできない。」としたものがあります。
また、②の点ですが、裁判例では、修繕が不可能ならば修繕義務は生じないとし、修繕可能性は物理的な可能性のみならず経済的な可能性も考慮し、修繕のために過大な費用がかかる場合は修繕不可能としたものや「賃料額に照らして採算のとれないような費用の支出を要する場合には、賃貸人は修繕義務を負わない。」としたものがあります。
さらに、③の点ですが、裁判例では、大規模な修繕について、借主があえて貸主の承諾を求めず、工事の実施も貸主に知らせていなかった事案ついて、借主が自らの費用で工事を実施しようと考えていたと認定し、必要費償還請求権を放棄したものと判断したものがあります。
こうした裁判例を見てくると、本件でも、Aさんに工事代金の支払義務があるとは言えないかもしれません。
Aさんが裁判で争う余地は、十分にありそうです。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。