賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
犯罪捜査と契約解除~大家さんの不安感や嫌悪感だけでは、契約解除はできない
あけましておめでとうございます。
このコラムも、なんとか3年目を迎えました。
これも、多くの方が、このコラムを読んでくださっているおかげです。
今年も、できるだけお役に立つ情報を提供していきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
さて、新年最初の話題は、犯罪捜査と賃貸借契約の解除です。
知り合いの大家さんから、今年の業務開始初日に、「入居者が犯罪行為に関与しているらしく、警察から入居者について問い合わせがあった。こんな入居者は困るので、契約を解除できないか。」という相談がありました。
この大家さんは、関東の地方都市にビルを所有しているオーナーさんですが、このビルの1室に入居している入居者が何らかの犯罪に関与しているらしく、警察から、入居者について問い合わせがあり、さらに、近日中に上記のこの入居者の部屋に捜索に入るので、立ち会ってほしいとの要請があったそうです。
早速判例を調べてみたのですが、入居者が犯罪行為の捜査を受けたことを理由とする建物賃貸借契約の解除に関する判例は、見つけられませんでした。
しかし、実務的な感覚としては、入居者が犯罪行為の捜査を受けたというだけでは、賃貸借契約を解除することはできないでしょう。
建物賃貸借において、大家さんが一方的に契約を解除するためには、入居者に契約上の義務違反があることが必要です。
さらに、契約の解除が認められるためには、単に入居者に契約上の義務違反があったというだけでは足りず、入居者の契約上の義務違反が、今後賃貸借契約関係を継続するのが困難と言えるほど、大家さんと入居者との間の信頼関係を破壊するようなものでなければなりません。
このような目で見ると、入居者が犯罪行為の捜査を受けたというだけでは、実際に犯罪行為があったのかどうか分かりませんし、また、犯罪行為があったとしても、入居者が関与しているかどうかも不明です。さらに、入居者が犯罪行為に関与していたとしても、それが賃貸借契約に与える影響も不明です。これは、仮に入居者が逮捕されたとしても同じです。逮捕イコール有罪ではないからです。
このような状況では、入居者に契約上の義務違反があるのか、また、入居者の義務違反が大家さんと入居者との間の信頼関係を破壊するようなものかどうか、全く判断できません。
2015年12月号のコラムでは、入居者が暴力団員である場合に、賃貸借契約を解除できるかどうかを取り上げましたが、このコラムでも、「暴力団員だからという理由だけで、契約を解除することはなかなか難しいところです。契約を解除するには、入居者に、契約違反があったことが必要ですが、暴力団員であるということだけで、契約違反があったとは言えないのです。」と書きました。もちろん、賃貸借契約書の中に、入居者が暴力団員であることが解除事由として明記されていれば、入居者が暴力団員であることを理由として賃貸借契約を解除することは可能ですが、そのような定めがなければ、入居者が暴力団員であるというだけで契約を解除することは難しいのです。
また、過去の裁判例の中には、入居者が危険な活動を行った宗教団体の信者であるというだけでは、賃貸借契約の更新拒絶の正当事由とならないとしたものもあります。
結局、入居者が警察の捜査を受けた、暴力団員である、危険な活動を行った宗教団体の信者であるというだけでは、入居者に契約上の義務違反がありませんので、契約を解除することはできません。大家さんからすると、強い不安感や嫌悪感があるかも知れまんが、それだけでは契約を解除する理由としては不十分なのです。
もちろん、今後、警察の捜査が進み、入居者が有罪判決を受けた場合には、契約解除が認められる可能性は高まります。
しかし、その場合でも、入居者がどのような犯罪を行い、それが大家さんと入居者の信頼関係にどのような影響を与えるのかによって、契約解除が認められない場合もあります。
たとえば、薬物犯罪の場合は、違法薬物の使用や保管が入居者の借りていた部屋で行われた可能性があります。入居者が借りている部屋で違法薬物を使用したり保管したりすること自体、契約上の義務違反です。しかも、今後も繰り返されたり、薬物による影響で他の入居者に危害を加えたりする可能性もあります。従って、大家さんと入居者との信頼関係は破壊されたと言えますので、契約解除が認められるでしょう。
一方、たとえば交通事故による自動車運転致死傷罪の場合は、犯罪行為と借りている部屋とは無関係です。従って、このような罪で有罪となっても、契約上の義務違反とは言えません。また、交通事故による自動車運転致死傷罪の場合は、賃貸借契約関係を継続という点から見ても、大家さんや他の入居者に迷惑をかけるおそれは低いといえます。従って、契約解除は認められないでしょう。
このような結論は、賃貸借契約書に解除事由として、「犯罪行為を行ったとき」と記載されていても大きく変わることはありません。
なかなか難しい問題ですが、今後の推移を見守り、事実関係を把握した上で対処すべきです。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。