賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
少額訴訟の被告となった大家さんは、どうすべきか?~少額訴訟手続の特徴~その2
10月に入り、ぼちぼち12月の裁判の予定も入り始め、手帳の12月のページを開くことが多くなりました。もう12月のスケジュールを確認する時期になったかのかと、いつもながら時の経つ速さに驚いています。
さて、今日は、前回の少額訴訟のお話の続きです。
どんな事件だったかというと、都心の一等地に住居用の賃貸マンションを1棟所有しているAさんが、そのマンションの一室を借りていたBさんから、敷金の返還を求める少額訴訟を起こされたという事件でした。
Aさんが請求された金額は320,000円でしたが、 Aさんとしては、クリーニング費用をBさんに負わせる特約があることやBさんが破損した設備の原状回復費用もかなりの金額なることから、敷金を返還したくないとのことでした。
Aさんのお話を聞き、Aさんの持参した資料を見たところ、Aさんの言い分はもっともなものでしたので、Aさんのご依頼をお引き受けすることにしました。
私は、大家さんの知り合いが多く、また、敷金返還に関する本を出していますので、大家さんから、頻繁に敷金返還請求事件の相談やご依頼を受けます。
しかし、ご依頼のあった事件の全てを引き受けているわけではなく、大家さんの言い分が法律的にもっともなものであり、かつ、ある程度証拠が揃っていて、大家さんの言い分のかなりの部分を立証できるという事件しかお引き受けしていません。
敷金返還請求事件に限ったことではなく、これが普通の弁護士の事件受任に対するスタンスだと思いますが、特に、敷金返還請求事件は、金額が小さいので、負ける可能性の高い場合は、弁護士費用を払わせるわけにはいかないのです。
Aさんの依頼を受けた私は、まず、裁判所に、Aさんの訴訟委任状と訴訟を通常の手続きに移行させる旨の申述書を提出しました。これによって、この事件は、通常の手続きで審理されることになりました。
そこで、私は、次のように記載した答弁書を裁判所に提出しました。
第1 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第2 請求の原因に対する認否及び反論
追って主張する。
2016年2月のコラムでお話しましたように、通常の民事訴訟では、被告は、上記の答弁書を提出しておけば、第1回口頭弁論期日を欠席することができます。
裁判所は、この答弁書が提出されると、第2回口頭弁論期日を指定せざるを得ません。通常は、裁判の期日は1ヵ月に1回のペースで開かれますので、第2回口頭弁論期日は、第1回口頭弁論期日の1ヶ月後になります。
もっとも、今回は、第1回口頭弁論期日には欠席せず、出席しました。また、今後のために、Aさんにも一緒に来てもらい、被告席に座ってもらいました。
今後のため、というのは、Aさんは、単にマンション1室を所有しているのではなく、マンション1棟を所有し、多数の部屋を賃貸しているのですから、今後も、こうした訴訟は何度も起こされる可能性があります。ですから、今後、こうした訴訟が起こされても、慌てることがないように、訴訟の始まりから終わりまで、経験しておくべきだと思ったのです。
訴訟の始まりから終わりまで経験しておけば、訴訟がどのように進むか分かります。また、訴訟の準備は、Aさんと打ち合わせをして進めますので、相手の主張とこちらの主張の内容や提出された証拠も確認できます。
こうした経験や知識は、Aさんの今後の賃貸管理、特に原状回復費用の取り扱いに生きてきます。契約にどう書いておけば有利になるのか、どういう場合に原状回復費用を請求できるのか、証拠はどんなものを残しておけばいいのか、ということが分かっていれば、入居者との交渉を有利に進めることができます。
話を裁判に戻しますが、Aさんと私が第1回口頭弁論期日に出頭すると、当然のことながら、Bさんも出頭していました。
法廷は、ラウンドテーブル法廷といって、テレビでよく見る裁判官がひな壇に座っている法廷ではなく、丸いテーブルの周りに、裁判官、書記官、司法委員(裁判官に代わって原告と被告の話し合いの仲立ちをする人)、原告、原告の弁護士、被告、被告の弁護士が等距離に座る法廷です。
既に答弁書は提出していますので、裁判官は、Aさんの反論が次回に提出されることを知っています。このため、裁判官は、Bさんにそのことを説明し、すぐに第2回口頭弁論期日の日程調整に入りました。
第2回口頭弁論以降の期日は、通常、裁判官の挙げた候補日を、原告と被告の双方が承諾することによって決まります。
Bさんは、大きな会社のサラリーマンのようで、大変忙しいらしく、裁判官の挙げた候補日になかなか合わせることができませんでした。
結局、第2回口頭弁論期日は、通常の1か月後ではなく、1か月半後となりました。
この次回期日の1週間前に、Aさんの主張と証拠を提出する予定です。
Aさんは、反訴を提起することも検討しています。反訴を提起すれば、訴訟は何か月も続くことになるでしょう。
Bさんは、少額訴訟を起こせば、1回の期日で敷金を返してもらえると思っていたかもしれませんが、訴訟は何か月も続くことになるのです。
もちろん、Aさんも私も、Bさんを困らせるためにこんなことをやっているわけではありません。先ほど説明しましたように、今回の訴訟では、Aさんの言い分が法律的にもっともなものであり、また、ある程度証拠が揃っているから、戦うことになったのです。
裁判ですので、結果はどうなるか分かりませんが、この訴訟の展開は、今後も取り上げていきたいと思います。
では、また次回。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。