賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
やっぱり無効だった!保証会社によるみなし明渡しを認める条項の効力
1月も後半に入りましたので、少し遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
さて、今回は、昨年12月に出た最高裁判所の判決について、考えてみたいと思います。
昨年7月のコラムで、賃貸借契約書におけるみなし明渡し条項を有効とした大阪高等裁判所の裁判例を取り上げました。
この事件は、消費者団体が、ある保証会社に対して、その保証会社が使用している建物賃貸借契約書における次のような条項(以下、「本件みなし明渡し条項」といいます。)について、消費者契約法10条が規定する条項にあたるとして、使用の差し止めを求めたものです。
「保証会社は、賃借人が賃料等の支払を2か月以上怠り、保証会社が合理的な手段を尽くしても賃借人本人と連絡がとれない状況の下、電気・ガス・水道の利用状況や郵便物の状況等から本件建物を相当期間利用していないものと認められ、かつ本件建物を再び占有使用しない賃借人の意思が客観的に看取できる事情が存するときは、賃借人が明示的に異議を述べない限り、これをもって本件建物の明渡しがあったものとみなすことができる。」
大阪地方裁判所の判決では、本件みなし明渡し条項について、消費者契約法10条に規定する条項に当たると判断しました。
ところが、この事件の控訴を受けた大阪高等裁判所は、上記の大阪地方裁判所の判断を覆し、本件みなし明渡し条項について、消費者契約法10条に規定する条項に当たらないと判断しました。
この大阪高等裁判所の判決に対しては、上告がされていましたが、昨年の12月12日に下された最高裁判所の判決では、本件みなし明渡し条項について、消費者契約法10条に規定する条項に当たると判断しました。
上記の消費者契約法10条とは、次のような規定です。
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
条文の言い回しは難解ですが、言い換えると、事業者と消費者との契約における条項が、次の2つの条件をみたす場合、その条項は無効であると定めたものです。
1 その契約条項が、任意規定(法律の規定の中で、当事者の合意で変更してもよいもの)の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限するものであること
2 その契約条項が、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであること
本件みなし明渡し条項が、この2つの条件をみたすかについて、最高裁判所は、次のように判断しました(判決文の表現そのものではなく、分かり易く言い換えています。)。
1について
賃貸借契約が終了していない場合でも、保証会社が、みなし明渡し条項に基づいて本件建物の明渡しがあったものとみなしたときは、賃借人は、借りている建物を使用する権利が消滅していないのに、原契約の当事者でもない保証会社の一存で、借りている建物を使用する権利が制限されることとなる。
これは、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限するものというべきである。
2について
保証会社が、みなし明渡し条項に基づいて本件建物の明渡しがあったものとみなしたときは、賃借人は、借りている建物を使用する権利を一方的に制限される上、契約が終了していないので、借りている建物の明渡義務を負っていないにもかかわらず、 賃貸人が賃借人に対して建物の明渡請求権を有し、これが法律に定める手続によることなく実現されたのと同様の状態に置かれ、著しく不当というべきである。
また、みなし明渡し条項の、「本物件を再び使用しない乙の意思が客観的に看取できる事情が存するときに」という要件は、その内容が不明確なため、賃借人は、いかなる場合にみなし明渡し条項の適用があるのかを的確に判断することができず、不利益を被るおそれがある。
さらに、みなし明渡し条項では、賃借人が明示的に異議を述べた場合には、 保証会社が本件建物の明渡しがあったとみなすことができないものとしているが、 賃借人が異議を述べる機会が確保されているわけではないから、賃借人の不利益を回避する手段として十分でない。
これらの事情からすると、みなし明渡し条項は、消費者である賃借人と事業者である保証会社の各利益の間に看過し得ない不均衡をもたらし、当事者間の衡平を害するものであるから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるというべきである。
まず、1の条件については、確かに、最高裁判所が指摘しているとおり、民法の規定では、建物賃貸借契約の当事者ではない者が、賃借人に対して、契約が終了していないにもかかわらず、建物の使用を制限することはできません。
従って、本件みなし明渡し規定は、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限するものといえます。
次に、2の条件については、本件みなし明渡し規定を適用するには、①賃借人が賃料の支払いを2か月以上怠ること、②保証会社において合理的な手段を尽くしても賃借人と連絡が取れないこと、③電気・ガス・水道の利用状況や郵便物の状況等から建物を相当期間利用していないものと認められること、④本物件を再び使用しない乙の意思が客観的に看取できる事情が存することの4要件をみたす必要がありますが、この4要件のうち、①から③の要件は、賃借人が病気で長期間入院しているなどの事情があれば、ある程度簡単にみたされてしまいます。
例えば、独居の高齢者が、病気で入院し、意識がない状態が続いているなどの場合を考えると、それほどハードルの高い要件ではありません。
この程度の要件で、建物を使用する権利を奪われてしまうのは、賃借人にとっては、かなり厳しいと言えます。
また、第4の要件である「本物件を再び使用しない乙の意思が客観的に看取できる事情が存するとき」については、どういう場合がこれに当たるか不明確であり、保証会社の主観に左右される恐れがあります。
さらに、賃借人が異議を述べたくても、異議を述べる機会が確保されていません。
従って、本件みなし明渡し条項は、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものという最高裁判所の判断には、あまり違和感はありません。
しかし、実際に、夜逃げ事案で、裁判をしなければ明渡しを実現できない大家さんの苦労や負担を考えると、何か方法はないのかと思います。
例えば、上記の4要件に工夫を加え、もう少し賃貸人側に厳しい要件とし、さらに、保証会社ではなく、賃貸人が明け渡したとみなすかどうかを判断する権限をもつ条項に変えた上、当然のことながら、明け渡したとみなした場合は、それ以降の賃料は請求しないという条項とし、賃借人にとってもメリットがあるようにすれば、消費者契約法10条の適用を免れる余地があるのではないでしょうか。
いずれにせよ、とりあえず、上記事件で取り上げられたみなし明渡し条項は、今後は使えないということになります。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。