賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
相手方が契約違反でも、私の負けですか?「所有権と賃借権の優劣」
最近は、ぐっと気温が下がり、冬らしい気候となってきました。
もっとも、東京が冬らしい気候になるということは、日本海側や北海道では雪が降り、場所によっては、大雪となることですから、気楽に「冬らしい気候」などとは言っていられないのかもしれません。
今回は、所有権と賃借権の優劣のお話です。
最近、私の知り合いの大家さんであるAさんから、こんな相談を受けました。
Aさんは、関東近郊の中都市で、一棟マンションをいくつか所有しており、2年前に売りに出ていた一棟マンションをBから購入しましたが、その一棟マンションには、部屋数に応じた駐車場がありませんでした。
地方都市ですので、原則として車が交通手段となるため、駐車場がないマンションは、なかなか満室になりません。
そこで、Aさんは、Bとの間で、Bの所有する隣地を、購入したマンション居住者の駐車場用地として賃借し、契約期間を10年とする土地賃貸借契約書を交わしました。
ところが、最近になって、Bから、貸している駐車場用地を売却したので、1週間後の決済までに駐車場を明け渡してほしいと言われました。
Aさんが、Bに対し、10年契約で借りている土地なのだから返すことはできないと言ったところ、Bから、駐車場の土地を売却して、買主に所有権が移ってしまえば、AとBとの間の駐車場の土地の賃貸借契約は、無効になると言われたそうです。
そこで、Aさんは、困ってしまい、私のところに相談に来たのです。
Bの言った「駐車場の土地を売却して、買主に所有権が移ってしまえば、AとBとの間の駐車場の土地の賃貸借契約は、無効になる。」というのは、本当なのでしょうか。
民法の世界では、「売買や賃貸借を破る。」という言葉があります。
この言葉は、ある物を借りている人がいても、その物を売られてしまうと、その物を買った新しい所有者から返還を求められたときは、前の所有者との間の賃貸借契約は主張できず、その物を返還しなければならなくなるという意味です。これが、民法の大原則です。
しかし、家の建っている土地や人の住んでいる家に、この大原則を当てはめると、とんでもないことになってしまいます。
たとえば、土地を借りて家を建てて住んでいる人がいる場合に、地主が、その土地を売却したため、新しい所有者から土地を明け渡せと言われたら、その土地を返さなければならないとすると、土地を借りていた人は、住む家がなくなってしまいます。
同様に、家を借りて住んでいる人がいる場合に、家主が、その家を売却したため、新しい所有者から家を明け渡せと言われたら、その家を返さなければならないとすると、家を借りていた人は、住む家がなくなってしまいます。
そこで、こうした事態を防ぐために、民法は、「不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。」という規定を作りました。
この規定により、土地や建物の賃貸借は、登記すれば、登記後に現れた新所有者に対しても、賃借権を主張できることになりました。
しかし、不動産賃借権の登記というのは、地主や家主の協力がないとできません。家主や地主が、積極的に登記に協力するとは限りませんので、このような民法規定だけでは、実効性がありません。
そこで、建物保護法及び借家法という特別の法律をつくり、その中で、建物所有を目的とする土地賃貸借では、借地人がその土地上に建てた建物を登記すれば、その後に現れた新所有者に賃借権を主張でき、また、建物賃貸借では、借家人が建物の引き渡しを受ければ、その後に現れた新所有者に賃借権を主張できるということにしました。これらの法律は、現在、借地借家法に引き継がれています。
借地人がその土地上に建てた建物を登記するのは、借地人だけででき、地主の協力はいりません。また、借家人は、引き渡しをうけること、つまり入居するだけでいいので、これも簡単です。
民法の講義のようになってしまいましたが、この原則と例外を、Aさんにあてはめると、Aさんの土地賃貸借契約は、駐車場としてのものですから、建物所有を目的とする土地賃貸借ではありませんので、借地借家法の適用はありません。
従って、「売買や賃貸借を破る。」の原則が適用され、Aさんの賃借権は、新所有者に主張することはできません。
Bの言った「駐車場の土地を売買して、買主に所有権が移ってしまえば、AとBとの間の駐車場の土地の賃貸借契約は、無効になる。」というのは、このことです。
もっとも、Aさんは、Bに対しては、賃借権を主張できますから、Bの土地明け渡し要求は、拒否することができます。
この状態のまま決済になると、Bとしては、決済時にこの土地の引き渡しができませんので、Bは、決済ができないのではないかと思います。
しかし、仮に強引に決済が行われ、土地所有権登記が新所有者に移り、新所有者から明け渡しを求められた場合には、Aさんは、法律的には、原則としてこれを拒否することはできません。
ただ、新所有者は、実力でAさんの土地に対する占有(支配している状態)を排除することはできませんので、Aさがんが任意に明け渡さない限り、Aさんを被告として訴訟を提起しなければなりません。
いずれにせよ、最終的にAさんがこの土地を明け渡した場合には、Aさんと賃貸借契約を締結している土地を売却し、Aさんが使用できないようにして損害を与えたとして、Bに対して損害賠償請求をすることになります。
今年のコラムは、今回で終わりです。
1年間コラムを読んでいただきありがとうございました。
みなさん、よいお年をお迎えください。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。