賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
少額訴訟の被告となった大家さんは、どうすべきか?~少額訴訟手続の特徴~その1
9月に入り、暑さも和らぎ、過ごしやすい日が続いています。同時に、裁判所の夏季休廷も終わり、忙しい日々が戻ってきました。
さて、今日は、少額訴訟のお話です。
先日、ある大家さん(Aさん)が、私の事務所に相談に来られました。Aさんは、都心の一等地に住居用の賃貸マンションを1棟所有しているのですが、そのマンションの一室を借りていた入居者(Bさん)が契約を終了して退去し、敷金の返還を求めてきたそうです。
AさんとBさんは、返還額について交渉していましたが、うまく話がまとまらず、交渉が決裂してしまいました。話がまとまらなかった理由は、よくあることですが、クリーニング費用をBさんに負わせる特約の効力や原状回復費用の金額について、Bさんが納得しなかったことにあります。
交渉が決裂して1か月ほど過ぎたところで、東京簡易裁判所からAさんに封筒が届きました。封筒の中には、Bさんを原告とし、Aさんを被告として、敷金320,000円の返還を求める裁判の訴状と裁判所からの期日呼出状などの関連書類が入っていました。また、この訴状には、「少額訴訟による審理及び裁判を求めます。」という記載がありました。
この訴状を受け取ったAさんは、インターネットで相談をする弁護士を探し、大家さん側の弁護だけをお引き受けしている私を見つけて、相談に来られたのです。
Aさんとしては、クリーニング費用をBさんに負わせる特約があることやBさんが破損した設備の原状回復費用もかなりの金額なることから、敷金を返還したくないとのことでした。
このような入居者の敷金返還請求と原状回復費用などを巡る紛争は、賃貸経営では頻繁に発生するものであり、このコラムでも何度か取り上げてきました(2015年7月、2015年8月、2015年10月、2015年11月、2016年1月、2017年7月)。
しかし、今回は、今までお話したことのない「少額訴訟」という制度が出てきました。この「少額訴訟」とは、どのようなものなのでしょうか。また、大家さんは、少額訴訟の被告となったとき、どのように対応すべきなのでしょうか。
少額訴訟手続は、金額の少ない簡易な事件について、当事者がなるべく少ない負担で、迅速に事件を解決できること目的として作られた特別な手続です。
少額訴訟手続の特徴は、次のとおりです。
まず、少額訴訟手続を利用できるのは、金銭の支払いの請求に限られ、金額も60万円以下でなければなりません。また、一般の方の場合には、あまり関係ないかもしれませんが、少額訴訟手続を利用できるのは、同一の簡易裁判所で、1年間に10回までです。
ちなみに、最高裁判所のホームページにアクセスすると、少額訴訟の訴状と答弁書の書式をタウンロードすることができます。
次に、少額訴訟の審理には、つぎのような特徴があります。
①原則として、第1口頭弁論期日で審理を完了しなければなりません。つまり、審理は1回で終了するということです。このため、当事者は、その1回の審理のときまでに、全ての主張と証拠を用意しなければなりません。「その書類は間に合わなかったので、次回に」ということはできません。
②上記のとおり、少額訴訟では、原則として審理は1回ですので、提出できる証拠も、即時に取り調べられるものでなければなりません。証人尋問や当事者尋問も認められますが、当然証人は、審理のときに出頭していなければなりません。
③被告となった側から反訴を起こすことはできません。反訴というのは、訴訟の被告が、その訴訟の中で、逆に原告に対して訴えを起こすというものです。たとえば、大家さんは、入居者から訴えられている敷金返還請求の裁判の中で、逆に入居者を被告として、修理費用の支払いを請求する訴えを起こすことができます。これを、反訴といいます。しかし、少額訴訟では、この反訴は提起できないのです。
④判決の言い渡しは、原則として、1回の審理の終了後直ちに行われます。もっとも、裁判所は、原告の請求を認める判決をする場合でも、被告の経済状況を考慮して、分割払,支払猶予,遅延損害金免除の判決をすることもできます。
少額訴訟の審理の特徴は、上記のとおりですので、いろいろと言い分があって、時間をかけて審理してもらいたい被告や反訴を提起したい被告にとっては、不利な手続です。このため、少額訴訟の被告は、第1口頭弁論期日で弁論をするまでは、訴訟を通常の手続きに移行させる旨の申述をすることが認められています。つまり、被告は、少額訴訟の審理の冒頭で、「少額訴訟手続は嫌なので、通常の手続で審理してください。」と述べることができ、被告がこのように述べた場合は、通常の裁判の手続きで審理することになります。
では、Bさんから少額訴訟を提起されたAさんは、どのように対応すべきでしょうか。
Aさんの主張は、クリーニング費用をBさんに負わせる特約があることやBさんが破損した設備の原状回復費用がかなりの金額にのぼることです。
クリーニング費用をBさんに追わせる特約は、賃貸借契約書に明記してあれば、少額訴訟の1回の審理でも認めてもらえる可能性があります。
しかし、AさんがBさんに原状回復費用の請求をするには、Bさんが故意、過失や通常でない使用によって入居していた部屋の内装や設備を汚したことや壊したこと、さらに、その修繕費用の額を主張及び立証しなければなりません。このような主張及び立証は、とても1回の審理できるものではありません。
また、もし、AさんがBさんに請求する原状回復費用の額が、BさんがAさんに返還を請求している敷金の額を超えているときは、反訴を提起する必要があります。
これらの点からすると、Aさんとしては、少額訴訟を回避し、通常の手続で審理してもらう方が得策と言えますので、裁判所に、訴訟を通常の手続きに移行させる旨の申述をするべきでしょう。
もっとも、少額訴訟においても、審理中に話し合いをすることはできますので、Aさんが話し合いで早期に解決することを望むのであれば、それも一つの選択かもしれません。
それでは、また次回。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。