

賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
新しく建てて貸すのは、割に合わない?ある事件で知った建築コストの異常な上昇
先日、ユーチューブで、ある投資家の配信を見ていたところ、10年後くらいには、1家庭に1台ヒューマノイド(人型ロボット)がいて、家事をしてくれる時代が来るという話をしていました。その投資家は、エンジニアでもあるので、エンジニアの視点から現在のロボット技術を見て、こんな発言をしているようでした。
文系の典型である私からすると、「そんなに早く?ほんとかな?」と思ってしまうのですが、よく考えてみると、それほど荒唐無稽な話ではないような気がします。
35年前に私が弁護士になったころ、パソコンなど存在せず、多くの弁護士がワープロで仕事をしていました(ワープロすら使っていなかった先生もたくさんいました)。それからたった35年で、パソコン、インターネット、スマホ、AIと、加速度的に技術革新は進みました。
裁判も顧問先との打ち合わせもほぼすべてWeb会議、連絡はメール、メッセージ、あるいはLINE、記録保管もスケジュール管理もクラウド、判例も書籍もサブスクでスマホから入手、現地に行かなくてもグーグルマップの3Dでいろいろな角度から不動産を下見。もはやどこにいても仕事ができます。
こんなことが、35年前に予想できたでしょうか。そう考えると、10年後に自宅にヒューマノイドがいて、「コーヒーいれて」というとコーヒーを持ってきてくれるようになっていても不思議ではないような気がします。
さて、今回は、ある事件で知った建築コストの異常な上昇についてのお話です。
ある遺産分割事件で、遺産である土地の上に建っている建物の価額が争点になりました。
具体的には、次のような事件です。
Aは、15年前に父親の所有する土地の上に軽量鉄骨造りの建物を建て、父親と一緒に住んでいましたが、昨年父親が亡くなり、相続が始まりました。Aの母親は、かなり前に亡くなっていましたので、父親の相続人は、Aと弟のBだけでした。
このコラムは、相続のコラムではありませんので、途中の経緯は詳しく書きませんが、家庭裁判所で、AとBは父親の土地とその上にあるA所有建物とを一緒に売却し、その売却代金から、建物の代金全部と土地の代金の2分の1をAが取得し、土地の代金の2分の1をBが取得するという調停が成立しました。
この調停を成立させるにあたり、最も問題となったのが、土地と建物の売買代金のうち、いくらを建物の売買代金とするかという点、言い換えれば、Aは、建物の代金としていくらもらえるのかという点でした。この点を調停で決めておかないと、いざ売買が成立したときに、AとBが受け取る金額が決まらず、売買代金を分けることがきません。
中古建物の買い手は、通常は、土地と建物を分けて代金を提示することはありません。
もちろん、建物が築20年以上経過した木造建築の場合は、よほど高級な仕様の建物であったり、数年以内にリフォームをしたりという事情がない限り、建物に価値はなく、売買代金はすべて土地代ということになります。
しかし、この事案の建物は、築15年の軽量鉄骨造りの建物ですから、まだ20年くらいは使い続けることができ、また、内装をリフォームすれば、買い手の好みに作り替えることも可能ですので、それなりの価値があるはずです。
私はBの弁護士でしたが、Aの弁護士は、建物の価額について、2,000万円を主張しました。その理由は、まだローンが、2,000万円残っているからということでした。
しかし、ローン残高と建物の価値とは、あまり結びつきませんので、Aの弁護士が主張する、2,000万円という金額に、私もBも納得できませんでした。
そこで、私は、Bと協議して、建物の価額について、家庭裁判所に対して、鑑定の申立をすることにしました。
鑑定というのは、裁判所の選任した不動産鑑定士が、不動産の価額を算定するという手続きです。裁判所の選任する不動産鑑定士ですので、中立であり、また、不動産の鑑定評価の方法には一定の基準が定められていますので、人によって評価額が大きくぶれることもありません。
このように、裁判所の選任した不動産鑑定士による鑑定評価には、中立性や合理性があると言えますが、それだけに、裁判所の選任した不動産鑑定士による鑑定評価額には、原則として従わなければならず、自分に不利な結果が出たからと言って、これを覆すことはかなり困難です。
私の今までの経験からすると、裁判所の選任した不動産鑑定士の鑑定評価額は、どちらかというと控えめな額が出てくることが多く、特に建物についてはその傾向が強かったので、今回も、安い金額が出ることを期待しました。
ところが、A所有建物の鑑定評価額は、2,800万円でした。結果論ですが、Bとしては、鑑定をせずにAの弁護士の主張する、2,000万円という評価額を受け入れた方が得だったことになります。
私もBも、裁判所に提出された鑑定評価書を隅から隅まで読みましたが、結局、鑑定評価額が高くなった理由は、建築コストの大幅な上昇でした。
居住用の建物の鑑定評価をする場合、大雑把に言うと、まず建物の再調達原価というものを算出し、そこから、建築後に経過した年数に応じた減価をしていきます。再調達原価というのは、今、同じ建物を建てたらいくらかかるかという金額です。この再調達原価から、建築後に経過した年数に応じて一定の割合で減価し、さらに、外見などから通常より老朽化が進んでいると判断できる場合は、その分を減価するなどして、建物の価額を出していくことになります(あくまで大雑把な説明です)。
従って、建物の再調達原価が高ければ、その分、現在の建物の価値も高くなります。分かり易く言えば、スタートの再調達原価が、5,000万円の場合と、4,000万円の場合を比較すれば、そこから減価する割合が同じだとすると、再調達原価が、5,000万円の場合の方が鑑定評価額は高くなります。
今回の鑑定評価では、昨今の建築コストの高騰の影響で、再調達原価がかなり高い金額で算定されていました。また、再調達原価からの減価についても、通常より老朽化が進んでいるような事情はなかったので、通常の割合による減価でした。この結果、鑑定評価額は、かなり高くなってしまったのです。
この鑑定によって、現在の建築コストが、私の認識をはるかに超えて、異常に上昇していることを思い知らされました。
現在の物価の上昇は、今後も継続していくと言われています。インフレが進行していくということです。そうなると、建築コストの上昇も、今後も続いていくと考えなければなりません。
このような状態が続くと、今後は、家賃相場が建築コストの上昇と同じペースで上昇していかない限り、新しく賃貸物件を建てて貸すというビジネスモデルの採算は、非常に厳しくなっていくのではないかと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。