賃貸経営をされている方にお役に立つ法律について、最新判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
大家に浸水被害の責任はあるか?~説明義務違反による責任とは
つい先日新年のご挨拶をしましたが、あっと言う間に2月となってしまいました。
ところで、先日、ちょっと気になる新聞記事がありました。
2月1日付の日経新聞の朝刊の記事によると、昨年の新設住宅着工件数が前年比6・4パーセント増の96万7237戸で、2年連続の増加となったそうです。問題はその内訳ですが、貸家が10.5パーセント増であり、着工戸数が41万8543戸と8年ぶりの高水準ということです。記事では、「相続税の節税目的に加え、マイナス金利政策を受け資産運用のためアパートを建てる動きが地方にも広がった。」と説明していました。
偶然ですが、同日の日経新聞の朝刊には、総務省が発表した昨年の人口移動報告の記事があり、地方から大都市圏へ転入超過となっており、東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)は、11万8000人の転入超過になっているそうです。
深読みしすぎかもしれませんが、「アパートを建てる動きが地方にも広がった。」という記事と東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)が11万8000人の転入超過という記事を見ると、地方にアパートの需要があるのか疑問になってしまいます。
さて、今回は、ちょっと季節外れの話題ですが、集中豪雨による浸水被害と損害賠償責任についての裁判例のお話です。
2016年に名古屋地方裁判所で言い渡された判決ですが、賃貸駐車場の浸水被害の事案で、過去の浸水被害を契約前に借主に説明しなかったことに説明義務違反があるとして、貸主に対して、浸水により廃車になった車の時価を借主に賠償するよう命じました。
事案を簡単に説明すると、Xが借りたY所有の駐車場がある地域は、過去13年間に浸水被害を伴う集中豪雨が5回発生しており、Xが借りたYの駐車場も、過去に2回浸水があり、そのうち1回は駐車車両に被害が発生していましたが、駐車場所有者のYは、排水設備の性能の改善等をしていませんでした。
ところが、駐車場所有者のYは、このような事情について契約前にXや仲介業者に説明せず、Xと駐車場の賃貸借契約を締結しました。
その後、本件駐車場のある地域に集中豪雨があり、本件駐車場が浸水してXの所有する車(時価116万5000円)が水没し、廃車となってしまいました。
そこで、Xが、Yに対して、損害賠償を請求する訴えを提起したのです。
2014年7月号のコラム(借主からの損害賠償請求)で、駐車場の浸水による駐車車両の水没と大家さんの損害賠償責任について「川の氾濫ですから自然災害であり、大家さんに落ち度はありません。従って、大家さんが損害賠償を支払う義務はありません。」と書きました。
このコラムの記述と上記の裁判例の結論は、一致していません。私の考えは、間違っていたのでしょうか。
実は、この裁判例のポイントは、「説明義務違反」にあります。
前のコラムで説明したように、大家さんは、契約上、駐車場の設備を整備して、借主が安全に車を駐車できるようにする義務を負っています。
従って、もし大家さんが、大家さんの落ち度でこの義務に違反し、その結果、駐車中の車両を破損させた場合は、駐車場の借主に対して損害賠償責任を負うことになります。
しかし、集中豪雨で川が氾濫して駐車場が浸水したような場合は、自然災害ですから大家さんには落ち度はありません。従って、大家さんは、駐車場の借主に対して損害賠償責任を負いません。
この裁判例の事案でも、かなり短時間に大量の雨が降ったらしく、一般的な対策や対応では、浸水や車の水没は防げなかったようです。また、賃貸者契約書には、天変地異による損害を免責とする特約があったようです。
このため、この裁判では、大家さんが浸水による被害を防ぐ対策や対応を怠ったことを理由として損害賠償を請求しても、認められなかった可能性が高いと言えます。
そこで、借主Xの弁護士は、損害賠償請求の根拠として、賃貸借契約締結に際しての「説明義務違反」を主張したのです。
契約締結に際しての「説明義務」とは、分かりやすく言えば、契約を締結する場合に、契約を締結するかどうかの決定に影響を与える情報は、契約前に説明しなければならないという義務です。特に、事業者と消費者の契約で、情報格差があるときは、この説明義務は重くなります。
消費者契約法3条1項にも、消費者契約(事業者と消費者との契約)の締結の勧誘に際しては、消費者の理解を深めるために、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について必要な情報の提供に努めなければならないと定められています。
もちろん建物や土地の賃貸借契約の締結においても、貸主は、契約を締結するかどうかの決定に影響を与える情報は、契約前に説明しなければなりません。
裁判例の事案においても、Xの弁護士は、駐車場所有者Yは、借主Xに対して、過去の浸水歴の内容やそこから予見される具体的な浸水のリスクを契約締結前に告知する説明義務を負っていたが、これらの事実を告知しなかったのであるから、説明義務違反があると主張したのです。
これに対して、裁判所は、上記の説明義務違反を認め、Yに車の時価の賠償を命じました。
しかし、この裁判所の判断は微妙です。
よく考えてみると、もともとこの地域は、過去13年間に浸水被害を伴う集中豪雨が5回もあったわけですから、Xもある程度浸水被害は予想していたはずです。従って、もし仮にYが浸水歴を説明していたとしても、XはYの駐車場を借りるのを止めなかったかもしれません。
また、Xもある程度浸水被害を予想していたとすると、大雨の警報が出たときに、X自身が浸水に備えて安全な場所に車を移動することも可能であり、それによって車の水没を避けることができたとも言えます。
こうした事情を考えると、Yの説明義務違反とXの損害の間に因果関係があるか疑問です。Yの弁護士も、この点を主張しましたが、裁判所は、Yの説明義務違反とXの損害の間に因果関係を認めました。
いずれにせよ、この裁判例は、集中豪雨で駐車場が浸水して車が水没したケースで、単純に貸主の責任を認めたものではありません。やはり、自然災害の場合は、原則として貸主に落ち度はありませんので、損害賠償責任を負わないはずです。
ただ、上記の裁判例からすると、ある種の自然災害がたびたび起き、自分の賃貸物件でも実際に被害があった場合(言い方を変えると、また被害を受けるかもしれないと予測できる場合)は、そのことを契約締結前に借主に説明したおいた方が無難なのかもしれません。
大谷 郁夫Ikuo Otani弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。
仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。