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建築の知識アドバイス

専門家のアドバイス
佐川 旭

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建築の知識
アドバイス

一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所
佐川 旭

2015年11月号

家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。

家づくりはなつかしい時間をつくること

吹抜けに樹齢100年の丸太を立てる

 画一的で全く工夫のない家は単なる箱でしかなく、なかなか愛着もわきにくいものです。一方、自分達家族の意見がとり入れられアイデンティティを感じる住まいであれば、愛着もわき大切に使おうという思いは高まるはずです。さらにそれを家族で共有することができれば過ごす時間と共に共感力も生まれてきます。アイデンティティを感じる住まいはけっして大げさなものではなく、家族の手形を玄関に残す、皆で塗った凸凹のケイソウ土の壁でもいいのです。

 大切なことは家族の心の中に共感力をつくることなのです。

 私が設計した3階建ての家でこんなケースがありました。その住まいの玄関を入ると2階、3階に上がる階段があり、それと並行するように吹抜けをつくりました。その吹抜けには柱の直径50㎝、長さ8mで樹齢100年の杉の大きな丸太が立っています。元口部分は基礎に固定されていますが、その他の支えはまったくなく、自立して立っているのです。

 つまりこの丸太は構造耐力上必要はないのでただの飾りということになります。

自分をふり返った時想い出すことは

 なぜこんな丸太を立てたのでしょうか?

 それはこの施主の生い立ちにあります。施主は東北地方の田舎で育ち、裏山の中を走りまわって遊んでいたそうです。

 今東京都心に家を建てるにあたり、自分をふり返った時あの裏山での体験が生きる上でどれ程勇気をつくってくれたことか。いわば裏山での体験は自分の人格をつくる上で心の風景としていつも残っていたのでしょう。そんな裏山でともに育った杉の木をなんとか活かせないかという相談を受け、壁の中に隠さないで吹抜けに立てて、子ども達にも見えるようにしてはどうでしょうかと提案をしたのです。

想いや愛を伝えていく

 家づくりは完成するまでさまざまな質問を受け、1つ1つ判断して決めていかなければなりません。まさに野球でいえば1000本ノックを受けるようなものです。

 それはこれまでの自分の人生にいくつもの質問状を受けとるようなものです。設備の機能や色などは好き嫌いで決めることができます。しかし間取りをつくる骨格や空間の精神性は自問自答して、これまでの体験を通して決めていかなければなりません。

 この施主は郷里の木を家の中に立てることで自分の子どもに父が生きてきた精神性を伝えたいと願ったのです。小さいうちは理解できなくとも、やがて父の深い想いや愛を感じとってくれるのではないでしょうか。

 家づくりは何らかの仕掛けをし、共感力を育みながら家族と共になつかしい時間をつくることでもあるのです。

※本コンテンツの内容は、記事掲載時点の情報に基づき作成されております。

佐川 旭Akira Sagawa一級建築士

株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/

「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。